世界各地の通信事業者がNGN(次世代ネットワーク)の構築を始めた。通信事業者が抱える課題と,インターネットが抱えるを同時に解決すべく,IPをベースに電話網の信頼性を加え,高信頼なネットを作る。さまざまなインタフェースのオープン化も大きなカギを握る。

 NGNはnext generation networkの略。世界各国の通信事業者が構築を進めようとしている次世代のネットワーク基盤である。電話網を置き換え,今後通信事業者が提供していく多彩なサービスを支え,サードパーティもさまざまなサービスを提供できるようになる。通信事業者がインターネットとの融合を図る一大転機になる。

 NGNはITU-Tや欧州の標準化団体ETSITISPANプロジェクトで標準化が進行している。まさに全世界的な次世代のネットワークなのだ。

インターネットの二つの課題

 NGNの登場を促した要因として,現在のインターネットと通信事業者が抱える課題がある(図1)。

図1●インターネットが抱える課題と通信事業者の環境変化
図1●インターネットが抱える課題と通信事業者の環境変化
NGNはこれら両方を解決するネットワークとして登場する。
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 現在のインターネットの第一の課題はセキュリティ。迷惑メール,SPITボットネットフィッシング,サイバーテロなどの問題を抱えており,現在のインターネットが今後,社会を支える真の情報基盤に成長するためには大きな障害となる。誰もがネットワークを安全・安心に使えるようにすることが必要だ。

 現在のインターネットの第二の課題が通信品質である。エンド・ツー・エンドで所望の帯域を確保したり,必要に応じて帯域を増減できない。また,緊急通信の確保もできない。品質制御機能を具備すれば,企業向けネットワークや緊急通信などといった新たなサービスを提供できる。

通信事業者が抱える課題

 NGNの登場を促したもう一つの要因が通信事業者を取り巻く環境変化である。通信事業者にとってこれまで事業の中心であった固定電話の市場は年々縮小を続けている。それに代わって成長を続けていた移動体通信の市場も飽和が近付いている。さらに従量制で課金される音声通話から定額制のデータ通信にトラフィックが移行していくことにより,収入が減っていく。これらの環境変化に耐えるため,NGNへの移行は通信事業者にとって必然的なのである。

 第一に,オペレーション・コストを低減しなければならない。NGNは固定電話網,移動体通信網,データ通信網,放送網などを統合することによりコスト低減を図る。特に,固定電話網については世界的に新たな投資は行われておらず,交換機を使ったネットワークから新しいネットワークに移行しなければならない。

 第二が,シームレスなサービス連携である。俗にクアドロプル・プレイと言われるような固定電話,携帯電話,データ通信,放送のバンドル・サービスを実現することで,加入者の囲い込みを図る必要がある。

 第三が,新たな収益源の創出である。ネットワークの高機能化を図ることで,回線使用料の徴収モデルから,機能利用料徴収モデルへの転換を図る。網機能を多種多様なサードパーティに開放し,サードパーティに新たなサービスの創出を促す。通信事業者のネットワーク・プラットフォーム上に多様なサービスを産み出すことで,新しい収益モデルの確立を目指すことになる。

IPと電話の良い側面を取り込む

 このような背景から登場したNGNは,インターネットを基本に据え,固定電話や携帯電話の良い側面を取り入れたものとなっている(図2)。

図2●NGNの狙い
図2●NGNの狙い
インターネットの低コストに電話網の信頼性や携帯電話の移動性などの良い側面を取り入れる。
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 インターネットを基本に据えているのは,「アプリケーションやサービスに対する自律性の確保」や「低コスト」といったインターネットの優れた特徴を引き継ぐためである。

 電話網の特徴である高い信頼性や高品質性については,認証技術や通信品質制御技術の導入により確保する。また,携帯電話のモバイル性も,移動支援技術の導入により確保する。

 すなわち,インターネット上で高信頼・高品質サービスを実現するために必要となる機能を追加したものがNGNだ(表1)。

表1●NGNがインターネットに付け加える各種機能
表1●NGNがインターネットに付け加える各種機能
アクセス回線の認証と通信セッションの管理が中でも重要。
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 NGNがインターネットに追加する機能のうち特筆すべきものが,「アクセス回線の認証」と「通信セッションの管理」の2点である。すなわち,アクセス回線の認証を行い,通信セッションを管理する機能を備えたインターネットがNGNであるといっても過言ではない。

強固な認証が可能に

 現在のインターネットは「アクセス回線の認証」を利用していない。アクセス回線を保持している通信事業者はアクセス回線認証(固定系ではアクセス回線の識別,移動系ではSIMカードなどの認証)を行っており,自社のサービスにはその情報を使っている。しかし,これらの情報をインターネット上でのサービスに活用していないのが現状である。

 そのため,インターネット上でセキュリティを確保するためには,IPsecなどによる暗号化を施さなければならない。しかしIPsecを利用するためには,利用者が準備しなければならない装置が高額になる,秘密鍵を安全に配布するための別の機構が必要になる,多くのユーザーにとって設定のしきいが高い,DoS攻撃を防御できないなどの欠点がある。

 アクセス回線の認証により,端末を識別でき加入者情報を得られれば,通信事業者やサードパーティが強固なセキュリティを確保できる。利用者は特別な装置を必要とせず,第三者がアクセスできない閉域網を構築できる。また,顧客向け電子決済システムなどを構築するに当たって,強固な認証を実現するベースになる。

 現在のインターネットにおける迷惑メールやフィッシングなどの問題は,認証がしっかりとなされていないことに起因している。NGNによるアクセス回線認証機能を利用することで,誰でもが安全・安心にネットワークを利用できる環境の構築に向けて第一歩を踏み出すことができる。

森川 博之(もりかわ・ひろゆき) 東京大学 教授
1992年3月東京大学大学院工学系研究科博士課程修了。工学博士。現在,東京大学先端科学技術研究センター教授。専門はユビキタス・ネットワーク,モバイル・ネットワーク,無線通信システム,フォトニック・インターネットなど。秋葉原ダイビルの実証実験スペースなどでの実験を通して,将来のネットワーク社会のあり方に想いを巡らせている。2002~2006年,情報通信研究機構モバイルネットワークグループリーダ兼務。電子情報通信学会論文賞,情報処理学会論文賞などを受賞。総務省情報通信審議会,国土交通省交通審議会専門委員などを歴任。