シグナリングとデータ転送の分離

 NGNの特筆すべきもう一つのポイントは,「通信セッションを管理」する機能が導入されることである。具体的には,シグナリング(サービス・ストラタム)とデータ転送(トランスポート・ストラタム)とが明確に分離される。シグナリングにより通信セッションを管理することで,ネットワーク側でどの端末とどの端末とが通信をしているのかを明確に把握することが可能となる(図3)。

図3●NGNの基本構成
図3●NGNの基本構成
シグナリングを行うサービス・ストラタムとパケットを転送するトランスポート・ストラタムに分かれる。

 電話網では共通線信号というシグナリングを用いて多彩なサービスを実現していたのに対し,インターネットにはもともとシグナリングという概念がない。あるのはIPルーティングでデータを転送する機能だけである。

 高機能サービスを提供するためにはシグナリングが必須となることから,インターネットにおいてもSIPに代表されるシグナリング・プロトコルが徐々に用いられるようになってきた。NGNは,このようなシグナリングを明確に分離するように設計される。

セッション管理で多彩なサービス

 通信セッションを管理することで,デスクトップ・パソコンで行っていた音声通話を,セッションを維持しながら携帯電話に切り替えたり,パソコン上のテレビ電話を携帯電話上の音声通話に切り替えたりすることが可能となる。シームレス・アクセスが実現でき,多様な使い方が花開くことになる。

 また,プレゼンス・サーバーの情報と連携させることで,通信相手の居場所や予定に応じて最適な通信手段を適宜選択することも可能となる。

 さらに,通信セッションの管理は,通信品質制御と併用することで一層力を発揮する。例えば企業向けにはオンデマンド型のVPNサービスが考えられている。これは拠点間の帯域を動的に変更する技術を使うもので,セッション管理と通信品質管理の応用例だ。こういったサービスは企業ネットワークを一変する力を持つ。

 シグナリングを明確に分離したことで花開く多様なサービスがNGNへの期待の一つとなっている。

NGNの構成

 前述のようにNGNはサービス・ストラタムとトランスポート・ストラタムとからなる。

 NGNの特徴となる機能群の中でセッション制御や位置管理,課金などは,サービス・ストラタムに配置される。中核となるのが,3GPPが移動通信事業者網のオールIP化に向けて策定した技術仕様IMS(IP multimedia subsystem)だ(図4)。

図4●GNのネットワーク構成
図4●GNのネットワーク構成
IMSがセッションを管理する。プレゼンスの機能や端末移動の制御などもIMSが行う。
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 IMSは,SIPを用いてセッション管理を行う。SIPを用いることで,端末切り替えなどのシームレス・アクセスが可能となる。モビリティに対処するための位置管理やプレゼンス管理なども行うため,ユーザがどこにいて,どのような通信手段が利用可能で,話中か否かなどの状況も把握することができる。

 またIP電話だけでなく,プッシュ型サービス,プレゼンス,グループウェアなどを組み合わせた新しいサービスの実現が可能である。

 これに対して,トランスポート・ストラタムは,QoS制御可能なIPネットワークである。IPを用いることで,現在のインターネットと同様,多彩なアプリケーションをネットワーク上に実現することができ,将来新しく登場するサービスにも柔軟に対応することが可能となる。

 認証や帯域制御は,トランスポート・ストラタムに配置される。それぞれNASS(network attachment subsystem)やRACS(resource and admission control subsystem)といった機能が担当する。NASSではアクセス回線認証,IPアドレスの割り当て,緊急通信時の発信位置確認が行われ,RACSではリソースとポリシーに基づく呼受付制御が行われる。

オープン化がカギ

 ITU-Tなどが標準化しているNGN仕様では,ANI (application-network interface),NNI (network-network interface), UNI (user-network interface)の三つのインタフェースを定義している(図5)。ここで,NNIはプロバイダなど他社のネットワークとのインタフェース,UNIは情報家電やパソコン,携帯電話などの端末などとのインタフェースである。そして電話網と異なるNGN特有のインタフェースが,サービス・ストラタム中の機能を利用するためのANIである。

図5●NGNのカギを握るインタフェースの公開
図5●NGNのカギを握るインタフェースの公開
ITU-Tで定義しているインタフェースはANI,UNI,NNIの3種。これ以外にもさまざまなインタフェースが公開されると,提供できるサービスの幅も広がる。
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 現在のネットワークでは,サードパーティが網機能を用いてサービスを提供することはまれ。サービスは通信事業者が提供するものであった。

 これに対し,ANIを用いることで,サードパーティが認証,セッション制御,帯域制御などの機能を用いた新たなサービスをユーザに提供できるようになる。

 これこそが,サードパーティのみならず通信事業者の事業モデルを一変させる可能性を秘めている点である。

 通信事業者は網機能を外部に提供することにより,回線使用料徴収モデルから機能使用量徴収モデルへの転換を図り,プラットフォームビジネスを実現できる。

 サードパーティは,今まで通信事業者以外のものが扱うことのできなかった網機能を用いることで,多様なサービスを実現できる。

 インターネットの強さは,多様なサービスをIP上に実現することができるエンド・ツー・エンド設計指針にある。

 同様に,NGNにおいても,NGN網機能を外部に適切に開放し,いろいろなプレーヤに新サービスの構築を委ねることで,現在のインターネット上では実現できなかった革新的なサービスがNGN上で花開く可能性がある。図5に示したANI,UNI,NNI以外にも公開することで新たなアプリケーションが実現できるインタフェースは数多くある。NGNが成功するかどうかは,このようなインタフェースの公開が大きなカギを握るだろう。

NGNへの期待

 NGNだからといって,新しい技術が導入されている訳ではない,NGNを支える技術は,IETF(Internet Engineering Task Force)などで議論されているものである。

 NGNの最大のポイントは,これまで述べてきたように「アクセス回線認証」と「通信セッション管理」の二つの機能が追加されることと,これらの機能が通信事業者以外のサードパーティに公開されることである。

 確かに,現時点ではNGN時代のサービスが明確になっているとは言い難い。しかし,振り返ってみると,現在のインターネットも1990年代にWorldwide Webが登場するまでは,計算機資源共有,電子メール,ファイル転送くらいのサービスしかなかった。

 もともとインターネットはWebなどのために開発されたものではない。Webなどのような新しいアプリケーションの登場を促す,将来を見据えた見事な設計哲学に基づいて構築されていただけである。エンド・ツー・エンド指針に基づきネットワークが保持する基本機能を最小限にし,サービスの開発をサードパーティに委ねたことがインターネットの強みである。

 ネットワーク設計者自身が将来登場するであろうキラー・アプリケーションを予想することは難しい。従って,ネットワーク設計者は,将来の新しいアプリケーションをも包含できるようなインフラを構築することが必須である。

 NGNも同様である。サービス開発をサードパーティにも委ねることで多様な展開がなされることを期待したい。アクセス回線認証により安全・安心なネットワークを実現し,通信セッション管理によって多彩なサービスを提供できるNGNは,サードパーティの力をも借りることで,極めて面白いアプリケーションを喚起し得よう。利用者がネットワーク上の資源に自在にアクセスでき,かつ快適なサービスを安心して享受するための情報基盤としてNGNの果たす役割は大きい。

MVNOに類似するNGN

 NGNのポイントの一つが,今まで門外不出であった網機能をサードパーティに公開し,サードパーティにサービス開発を委ねることにある。

 これは,移動体通信網を持っていない事業者が移動体サービスを提供するMVNO (mobile virtual network operator)と類似の事業モデルとなることを示唆している(図A)。

図A●NGNの事業モデルはMVNOに類似
図A●NGNの事業モデルはMVNOに類似
サードパーティが利用する機能のレベルはさまざま考えられる。
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 MVNOの事業者は,移動通信事業者の網機能を利用してサービスを提供する。利用する機能の種類に応じて種々のレベルのMVNOが考えられる。位置管理や課金までを顧客サポートとあわせてMVNOが行うモデルもあれば,位置管理や課金は移動通信事業者に任せ顧客サポートやマーケティングに徹するモデルもあり得る。

 NGNも通信事業者が網機能をサードパーティに公開するレベルに応じて,種々の事業モデルを考えることができる。このようにNGNを設計することで,通信事業者とサードパーティとの双方に収益をもたらすモデルを確立することが必要である。サードパーティにサービス開発を委ねることにより多彩なサービスが花開き,ユーザも大きな利益を享受できる世界がNGNで実現されることを期待したい。


森川 博之(もりかわ・ひろゆき) 東京大学 教授
1992年3月東京大学大学院工学系研究科博士課程修了。工学博士。現在,東京大学先端科学技術研究センター教授。専門はユビキタス・ネットワーク,モバイル・ネットワーク,無線通信システム,フォトニック・インターネットなど。秋葉原ダイビルの実証実験スペースなどでの実験を通して,将来のネットワーク社会のあり方に想いを巡らせている。2002~2006年,情報通信研究機構モバイルネットワークグループリーダ兼務。電子情報通信学会論文賞,情報処理学会論文賞などを受賞。総務省情報通信審議会,国土交通省交通審議会専門委員などを歴任。