本記事は日経コンピュータの連載をほぼそのまま再掲したものです。初出から数年が経過しており現在とは状況が異なりますが、この記事で焦点を当てたプロジェクトマネジメントの本質は今でも変わりません。

プロジェクトを成功させるには,適切なコミュニケーションとリーダーが必要になる。失敗したプロジェクトに共通するのは,プロジェクト関係者のコミュニケーション・スキルの不足と,リーダーの不在であるからだ。コミュニケーションを支えるのは,文書化のスキルである。関係者の信頼関係を構築するように日ごろから心掛けることも大切だ。意思決定をできる立場にあるリーダーは,問題の存在が分かったら,放任でなく対策を打たなければならない。

伊藤 健太郎
アイシンク 代表取締役

 今回は,「プロジェクトの成功」について考えていきたい。まずは,失敗したプロジェクトを取り上げ,その原因を検討してみる。筆者は,ある企業で生産管理システムを構築するプロジェクトを担当した責任者から経験談を伺う機会があった。そのプロジェクトは,将来の事業拡大にもつながるという期待を受けた戦略的な新規プロジェクトとしてスタートした。

 だが結果は失敗に終わり,社内でも有名な失敗プロジェクトになってしまったという。当初の計画では,プロジェクトの開始から14カ月で終了するはずであった。実際には36カ月を費やしてなんとか終了した。

 責任者の方は,このプロジェクトの問題点として,次の4点を強調していた。

(1)ユーザー・ニーズを十分把握できなかったため,実現したシステムは提案段階の仕様に比べ,格段に複雑になってしまった。だが追加の開発費用を会社からもらえなかったのでシステムはそのままになり,ユーザー側に不満が残った。

(2)各設計段階でのドキュメントが不十分だった。特にプログラミング仕様書は個人のメモ程度のものしか作らなかった。そのまま強引に開発作業を進めた結果,不要なプログラムを作ってしまうなど品質が安定しなかった。

(3)ユーザーの要求に対して,プロジェクトチームが,「駄目だ」とか「それはできない」と反対し続けたため,ユーザーの不信感をつのらせる結果になった。このため仕事がスムーズに進まなくなった。

(4)開発作業の外注先が複数社になった結果,まとまりがなかった。

 実はこのプロジェクトは10年以上も前に実施されたものであった。(1)~(4)の理由を見て読者はどう思われただろうか。現在のプロジェクトでもまったく同じことが発生していないだろうか。

 これらの問題点に共通するのは,プロジェクト関係者のコミュニケーション・スキルの不足と,真のリーダーの不在である。すなわち,どのようなプロジェクトでも,成功させるには適切なコミュニケーションとリーダーが必要になる。

 適切なコミュニケーション
 文書化のスキルが不可欠

 コミュニケーション・スキルとは,情報を的確に伝達するスキルといえる。情報には送り手と受け手が存在する。情報の送り手は,自分が分かっているから,受け手も分かっていると判断してはならない。相手にできるだけ誤解を招かない,理解しやすい手段で情報を伝えることが重要になる。一方,受け手は送り手からの情報を正確に把握できたかどうかを,送り手に確認する必要がある。

 普段から気心の知れている同じ職場仲間とか家族内の場合と,初めて一緒に仕事をするメンバー同士とでは,コミュニケーションの質が異なる。誤解の起こりやすさ一つとっても大きな差が出る。職場でしか通用しない専門用語を使って,初めて仕事をするメンバーと会話をしたとしても,伝えたいことが十分伝わらない。

 このようにコミュニケーションは,そのときのメンバーや環境などで当然変化するものである。プロジェクトで情報を発信するプロジェクトマネジャやチームメンバーはこの点を十分理解しておかないといけない。

 プロジェクトマネジャを頭にするプロジェクトチームは,プロジェクトの目的を達成するための部隊である。したがって,プロジェクトチームは最新の情報を入手したり,ステークホルダー(利害関係者)へ正確な情報を発信する必要がある。そのためには,顧客,トップマネジメント,関係部署,ベンダー,プロジェクトチームのメンバーとの間で,効果的かつ生産的なコミュニケーションをとらなければならない。

 コミュニケーションの伝達方法としては口頭や文書,ボディランゲージなどある。原則は口頭と文書であろう。口頭の情報の伝達は感情を伝えたり,相手とのやり取りが瞬時にできるというメリットがある。

 それでもプロジェクトにおいては,文書による情報の伝達が基本である。なぜなら口頭では,「言った」,「言わない」などの誤解が生じやすいからだ。プロジェクトでは自分一人で完結できる仕事はほとんどない。必ずだれかと連絡をとりながらする仕事ばかりである。このため,文書化することが当然である。

 ところが失敗しているプロジェクトを見ると,文書化のスキルが不足していることが多い。プロジェクトマネジャやチームメンバーはまず,自ら筆まめになるように心掛けたい。次々に問題が発生するプロジェクトにおいては,「ドキュメントを書いているより,行動が先だ」となりがちだが,そうした行動を続けていてはかえって問題が大きくなる。

信頼関係がすべての基本

 プロジェクトはロボットとするわけではない。人間同士で進めていくため,どうしても感情や偏見などが原因の障害が生じやすい。例えば,顧客が何か相談してきたときに,「駄目です。そんなことはできません」といきなり否定し,その根拠として顧客の理解できない専門用語を並べたてたとする。これでは顧客に不満が残るし,なにより危険なことに顧客があまり相談したくなくなる。その結果,後になってやり直しや無駄な作業をしてしまう。

 これでは,お互いに不幸である。信頼関係こそがコミュニケーションのベースであると肝に銘じておく必要がある。したがって信頼関係を構築するように日ごろから心掛けることが大切だ。

 ただ,コミュニケーションで気をつけないといけないのは,激しい議論をしたり,みんなと違う意見を言うメンバーの存在を悪ととらえてはならないということだ。プロジェクトチームが正しい方向に進むには,異なった考えをぶつけ合うことが不可欠である。最終的に判断するのはプロジェクトマネジャである。プロジェクトマネジャができるだけ正しい判断をするためには,異なる意見を聞くことが必要になる。