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制御用チャネルが割り当て処理

 OFDMAのサブチャネルの割り当てや,サブチャネルで構成するTDMAスロットの割り当ては,現行PHS同様に自律分散制御方式とする。この割り当て処理は,制御用チャネルによって実行される。

 具体的には,割り当てるサブチャネルの幅やサブチャネル内のスロットを,ユーザーが要求するアプリケーションに応じて割り当てる。

 WiMAXなどマクロセルを基本とした場合,動的なスケジューリングによって常に全帯域のサブチャネルを割り当てている。一つの帯域を多くのユーザーが共用する必要があるため,ユーザーに可能な限り多くの帯域を確保できるよう,常に全帯域を使用するからだ。そして,共有するユーザー数によって割り当てるサブチャネルの占有時間や帯域幅を変動させる(図1)。

図1●次世代PHSのサブチャネル割り当てパターン
図1●次世代PHSのサブチャネル割り当てパターン
マイクロセルの場合,同時接続数が少ないため,ある程度連続したサブチャネルを割り当てられる。このためアダプティブアレイ技術を利用しやすい。[画像のクリックで拡大表示]

 一方,次世代PHSでは一つのセルでの共有するユーザー数は小さい。このため一度ユーザーに割り当てたサブチャネルは,可能な限り固定的に利用させる。

 サブチャネルは,その時点で干渉の少ない最適なチャネルを割り当てる。チャネルを連続的かつ固定的に割り当てることで,端末と基地局間の伝搬路特性の推定が容易となる。さらにアダプティブアレイ・アンテナ技術による干渉低減効果や,MIMOによる速度向上効果を最大限に引き出すことも可能になる。

MIMO技術で速度を2倍以上に

 ウィルコムは次世代PHSの高速化のため,MIMO技術も活用する。MIMOは送受信に複数のアンテナを使い,同じ周波数に独立した複数の情報を乗せて伝送する空間多重の原理を使った技術。無線LANなどでは既に実用化されている。

 ウィルコムはアダプティブアレイ・アンテナ技術を使って同じ周波数で別の情報を伝送する空間多重技術を実用化している。次世代PHSにおいても同技術を最大限利用する。

 現行PHSは,送受信で同じ周波数の信号を連続的に交互にやり取りしている。この方式では送受信のスロットが連続しているため,送信点から受信点までの伝搬特性の計算が容易になる。この結果,空間多重までを実用化できた。

 次世代PHSでも,送信と受信で割り当てるサブチャネルを連続的かつ固定的に割り当てるため,現行PHSのノウハウを生かしてMIMOを実現できる。次世代PHSではMIMOによって同じ周波数帯域で速度を2倍以上にすることを目指している。

基地局の自律分散制御方式も採用

 現行PHSは,端末と基地局が周辺の通信状況を確認し,常に最適な通信チャネルを割り当てる自律分散制御方式を採用している。この制御は,それぞれの基地局が独立にチャネルを割り当てていくので,基地局の配置の自由度を高められる。

 これはもともとPHSがディジタル・コードレス電話として開発されたという経緯があるから。コードレス電話の親機にあたる基地局は,どこに置かれても互いに干渉を回避できる仕組みを備えている。この制御方式を次世代PHSにも継承する。

 パソコンを利用したデータ通信のトラフィックのほとんどは現在,屋内から発生している。ワイヤレス・ブロードバンド・システムを使いやすくするには,いかに屋内をサービス・エリア化できるかがポイントとなる。

 しかし周波数が2GHzを超えると電波の回り込みや屋内浸透は厳しくなるため,かなりの数に上る基地局を屋内に設置する必要が出る。サービスを提供する事業者にとって大きな負担となる可能性がある。

 この解決策の一つとして,ユーザーが自身で屋内に基地局を設置していくケースがある。既に無線LANでは,屋内にユーザーが自ら基地局を設置している。こうしたモデルを想定すると,システムが自律分散制御機能を備えていることが望ましい。

 現行のPHSではキャリア・センスによって干渉波を検知しながら使用可能なチャネルを割り当てている。次世代PHSの場合は,キャリア・センスに加えてアダプティブアレイやOFDMAの特性を組み入れたチャネルの割り当て方法も検討している。

PHS MoUによる標準化活動が進む

 PHSは,アジア各国を中心に海外でも広く利用されている。PHSの利用者数は,既に世界全体で9000万を超えている。

 PHS MoUは,PHS関連の電気通信事業者やサービス・プロバイダ,製造業者,政府,公共団体など現在72団体で構成されている国際的な組織である(図2)。1996年7月3日に活動を開始し,PHS規格の標準化及び改定,PHSの国際的な普及活動などを行っている。

図2●PHS MoUの組織
図2●PHS MoUの組織
PHS MoUは1996年に活動を開始。2005年11月に次世代PHS規格策定のためのアドホックを設置した。[画像のクリックで拡大表示]

 2005年11月下旬にPHS MoU内の組織であるテクニカル・ワーキング・グループ(TWG)で,次世代PHSの規格策定のためのアドホック(特別作業班)を正式に設立した。さら2006年3月のMoU総会では,アドホックを上位組織に格上げすることを予定している。広くアジアの国々のニーズを取り入れながら,標準化活動を積極的に展開していく予定である。

次世代PHSの実験は1月スタート

 2006年1月27日,ウィルコムは総務省から次世代PHSの実験局の免許を受け,実験を開始した。実験装置は東京都港区虎ノ門付近のビル屋上1カ所,ビル屋内1カ所にアンテナ・基地局実験設備を設置(図3)。屋外や屋内,移動時などの利用環境における,伝送評価や高速アプリケーション評価,VoIP品質評価などを進める予定である。

図3●次世代PHSの実験局の概要
図3●次世代PHSの実験局の概要
東京都港区虎ノ門付近にアンテナを設置。実験を2006年1月から開始した。[画像のクリックで拡大表示]

 実験局では5MHzの帯域を使いOFDMA伝送を実験する(写真1)。基本的にマイクロセルを前提としているため,基地局の出力は現行PHSのマイクロセル並みとし,その際の伝搬特性やデータ通信速度のスループットを測定する。

写真1●次世代PHSの実験局(端末)のスペクトラム
写真1●次世代PHSの実験局(端末)のスペクトラム

 次世代PHSは開発段階にあり,具体的なパラメータは現在検討中である。今回の実験を第1弾として,これを基にさらに商用化に向けた装置を開発している。

 2006年夏ごろまでには実用化に近い装置を開発し,実用化を前提とした実験をする計画。最終的には日本だけでなく,広く世界で利用されているPHSの後継システムとしての利用を目指して,順次規格を定めていく。

平澤 弘樹(ひらさわ・ひろき) 
ウィルコム 執行役員ネットワーク技術本部長
1982年3月,早稲田大学大学院理工学研究科卒業。同年4月,郵政省に入省。88年,第二電電に入社し,セルラー電話の料金制度に従事。97年にDDIポケットに出向し,PHSの高度化に関する開発を担当した。2005年6月から現職。