マッシュアップは企業のシステム開発を大きく変える。最大のメリットは、ビジネスの変化に迅速に対応することが可能になることだ。
開発期間と開発コストを削減できる。WebサービスAPI経由でデータを受け取ることで、コードの作成やテストの時間が格段に減らせる。

 「出張JAWS」や日本大学のメール・システムや、CRM(顧客情報管理)システムにおけるKDDIの取り組みはこのことを実証している。

写真●日本大学総合学術情報センター(上は同施設内の情報処理実習室)
写真●日本大学総合学術情報センター(上は同施設内の情報処理実習室)

 KDDIの住吉浩次 情報システム本部ビジネスプロセス開発1部部長は、「マッシュアップは、簡易な方法で実現するSOA(サービス指向アーキテクチャ)と理解することもできるのではないか」と指摘する。

 従来なら高価なミドルウエアや大規模な開発が必要だったシステムの連携が、ほんの数行のコードで可能になることもある。不動産管理を手掛けるリロケーション・ジャパンは、セールスフォース・ドットコムの提供するSaaS形式のCRMサービスと国内のベンチャー企業が提供するFAXサービスをマッシュアップして利用中だ。

 マッシュアップは、利用者にとって使いやすいシステムを作る際にも有用だ。日本大学のス田課長は、「Ajaxなどを多用して消費者向けに鍛えられたGmailは、非常に使いやすいサービス。同じようなものを一から作るのは簡単ではない」と話す。

日本大学
10万人のメール基盤をGoogleで

 日本大学は2007年4月、「NU-MailG」の名称で、グーグルのGmailをベースにしたメールの運用を開始した。当初は7学部の3万人の学生を対象とし、今後3年間で全学生10万人まで対象を広げる予定だ。

 各学生は2ギガバイトのメールボックスのほか、インスタント・メッセンジャやスケジュール管理、ワープロ/表計算などを利用できる。日大は今後、卒業生を含めた50万人へのサービスを視野に入れている。

 NU-MailGの提供に当たっては、米グーグルが大学向けに提供する無償の「Google Apps Education Edition」を採用。10万人規模のメール基盤を手に入れた。

 既存のメール・システムの運用コストは1年間で2億円程度かかっていたから、大幅なコスト削減である。利用コストだけではない。自前で運用していた既存のシステムに比べて、操作性は一気に高まった。システム管理課の小野浩樹課長補佐は、「グーグルやヤフー、マイクロソフトのWebメールなら使い慣れている学生も多いことも意識した」と話す。

 サービスの堅牢性も増している。ス田課長は、「無料サービスで稼働率の保証がないことが不安材料だったが、調査した結果、グーグルのシステムは十分な多重化を施していることが分かった」と説明する。

APIで独自のユーザー管理に対応

 実際には米国にあるグーグルのデータセンターで運用しているにもかかわらず、WebサービスAPIを組み込むことで、NU-MailGはあたかも社内で構築したシステムと同様のアカウント管理を実現した(図2)。マッシュアップによるものだ。

図2●日本大学は4月にグーグルのGmailを導入した
図2●日本大学は4月にグーグルのGmailを導入した  [画像のクリックで拡大表示]

 日大では「利用者である学生、各学部ごとの担当者、全学の管理者など最低5段階で、ユーザー権限を設定する必要があった」(小野課長補佐)。学部生からの問い合わせに対応するため、学部ごとに管理者を置かなければならないからである。

 Gmailが標準で用意しているアカウントの種類は、管理者と通常ユーザーの2種類だけ。Gmailのサービス自体に変更は加えられない。日大はアカウント管理システムを新規に開発し、GmailのAPIを使って連携した。

 Gmailでは、データのバックアップやシングルサインオン、ログの取得などを、API経由で外部システムと連携して実現できるようにしている。アカウント管理システムは、既存の学生基本情報システムから、氏名、住所などの学生の基本情報を取り込み、メールのアカウントや初期パスワードを作成。APIを利用し、Gmailのアカウントとしてデータを登録する。

 NU-MailGと同様のメールシステムを自前で構築した場合、数千万円程度(本誌推定)かかるとみられる。これが、アカウント管理部分の構築だけで済んだため、実際のコストは、その4割程度で済んだもようだ。開発期間も、2カ月半という短期間で終わった。

KDDI
社内外のシステムをマッシュアップ

 マッシュアップを使ってKDDIが構築したのは、コールセンターのオペレータが利用する顧客情報の管理システムである。電話番号や郵便番号などの顧客情報を入力すれば、エリア検索や既存の契約情報を一括表示して、申し込み可能かどうかを把握できる(図3)。

図3●KDDIは社内オペレータ用の支援ツールにマッシュアップを活用している
図3●KDDIは社内オペレータ用の支援ツールにマッシュアップを活用している

 一見、なんということはないシステムのようだが、合併を繰り返しながら急速にサービスを拡大してきたKDDIの場合、複数のシステムにアクセスする必要があった。例えば、固定電話サービス「メタルプラス」の申し込み時には、社内の「IP系契約システム」と「メタル申込み系システム」の利用状況を確認。このほかにインターネット上で他社が提供しているエリア検索サービスを使って、申込者が登録可能かどうかを調べていた。

 これらのシステムの利用者は、数人から多くて80人程度。全社、もしくは部門全体で利用するようなシステムではない。コストをかけて、既存システムに大幅な改良を加えることは難しかった。

開発期間は5分の1

 情報システム本部の住吉部長は、「社外を含めて複数のシステムからデータを取り込もうとすると、大がかりな開発が避けられない。簡単にシステムを開発する方法がないかと考えていたときに、面白いツールが見つかった」と語る。

 KDDIが採用したのは、米カパオ・テクノロジーズの開発した「Kapow Mashup Server」というソフトである。Kapowは、指定したWebサイトの情報を収集し、一つの画面にまとめて表示させるもの。GUI画面を使った操作だけで、マッシュアップ・サイトを簡単に構築できる。開発期間は、「自社開発するのと比べ、5分の1から10分の1程度で済んだ」(住吉部長)という。

 Kapowの実態はWebサイト上の情報を自動巡回して取得するいわゆる“ロボット”。リアルタイムに情報を更新できるわけではないが、WebサービスAPIを利用しなくても複数のサイトの情報を集約できるのが特徴である。

 KDDIは05年から同ツールの利用を開始。他のシステムにも適用範囲を順次広げていった。07年2月には、申込登録の未処理件数など業務上の各工程の状況を把握する「トレイチェッカー」を、Kapowを使って開発した。

 Kapowを使えば既存のシステムはそのままに、必要なデータだけを簡単に集められる。図3のシステムの場合、1~2人月程度で開発できたという。

 住吉部長は、自らが作ったシステムが、マッシュアップだとは考えていなかった。「オペレータの使いやすいシステムを模索した結果」(住吉氏)が、マッシュアップでありKapowだったわけだ。