創造には常に破壊が伴う。
今、企業情報システムの世界には、「マッシュアップ」による大変革が訪れつつあり、旧来のシステム構築のあり方が破壊され始めている。
もちろんシステム開発が消失するわけではない。破壊の後に誕生するのは、マッシュアップ、つまり外部のサービスやコンテンツをネットワーク経由で組み合わせる開発の時代である。破壊と創造に挑む企業も現れている。

 07年4月、日本大学は10万人の学生が利用するメールシステムに米グーグルの「Gmail」を選んだ。SaaS(ソフトウェア・アズ・ア・サービス)形式の同メールの利用コストはゼロである。単に安いからGmailを選んだのではない。日大は、「システムの可用性やセキュリティ、使いやすさを検討した結果、Gmailを選んだ」(吉田誠 総合学術情報センター情報企画課課長)のである。

 自らがサービスを取り込むだけでなく、社内のシステムやデータをサービスの形で公開することで、ビジネスを拡大させようという企業も増えている。競争力の源泉は抱え込むという常識を破壊し、ネットの向こう側にいる一般消費者の自主的な情報発信に新たな活路を求める。

 “ユーザー参加”を特徴とするWeb2.0の考えは燎原の火のように、ビジネスの世界でも広がっている。ネット専業会社が先鞭を付けた、旅行情報のAPI公開の動きは、JTBや近畿日本ツーリストなどの総合旅行会社を動かし始めた。JTBの志賀典人常務は「これからは2.0で行く」と言い切る。

 ヘルスケア業界の動きも急だ。健康計測機器大手のタニタは、単なる機器販売から脱却、協力企業と計測データをAPI経由で共有する新規事業に経営資源を集中投下する。

 日経コンピュータは06年4月3日号で、ビジネスに必要な情報やサービスを社内外を問わずに活用する企業と、それを実現する開かれた情報システムを「エンタープライズ2.0」と命名した。この世界では、マッシュアップを使ってシステムを作ったり、ユーザーが自ら開発に参加して、よりよいものに高めていくことが普通になる。この1年で、エンタープライズ2.0は一気に現実のものとなった。どれだけ外部のサービスを活用し、いかに外部とつながるかが、企業の命運を握る時代になりつつある。

 規模はそれほど大きくないものの、徹底的に外部のWebサービスを活用して、これまでのシステム開発の常識を破ったWebサイトに「出張JAWS」がある(図1)。サイトの公開は2007年3月だ。

図1●黒田氏が開発したマッシュアップ・アプリケーション「出張JAWS」
図1●黒田氏が開発したマッシュアップ・アプリケーション「出張JAWS

 出張JAWSは、出張する際に必要となる、往復の経路やホテルの検索から予約、さらには出張計画書や報告書の作成などの一連の作業をこなせるサイト。Ajaxなどの技術を用いることで、画面を再生成することなしに作業を終えることができる。

 日経コンピュータの依頼で出張JAWSを使ってみたシステム部長やITベンダー幹部は、「なかなか完成度も高い。これだけのシステムを作ろうとすると500万円から800万円はかかるのではないか」と口をそろえる。

APIを使うことで無料・超短期に

 実は開発にかかったコストはゼロ円。北海道庁の企画振興部科学IT振興局情報政策課で主査を勤める黒田哲司氏が、5種類を超すWebサービスAPIを組み合わせて独りで開発したものである。開発期間も、土日の休みを延べで10日ほど使っただけだ。

 これを可能にしたのがマッシュアップだ。黒田氏は、GoogleMapsやHeartRails Express、RailGo、じゃらんWebサービス、ホットペッパーWebサービスなどのWebサービスAPIを採用。これらによって、出発地や目的地の名称から緯度・経度、最寄駅、到着駅までの乗り換え経路、目的地近くの宿泊施設、レストランを表示できるようにした。しかもこれらのWebサービスは、いずれも無料で利用できる。

 わずか10人日で開発できた秘訣もマッシュアップにある。

 WebサービスAPIは、APIの提供者が公開しているサンプルを参照にして、数行のコードを参照すればよい。自らが書くべきコードの量は、通常のプログラムに比べて圧倒的に少ない。黒田氏が出張JAWSの作成で書いたコードは実質1500行程度だ。