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(4)空間多重技術
 アダプティブアレイ・アンテナ技術によって干渉波を除去し,確実な通信を確立するための希望波を確保できると,SDMA技術によって同一キャリア,同一タイム・スロットで複数のユーザー端末が同時に通信できるようになる。

 一般には空間多重数は,アンテナ本数と信号処理を受け持つプロセッサの性能に依存する。12アンテナを使うiBurstシステムでは,最大3多重を実現できる。図1にSDMA技術によりユーザー端末A,B,Cが,同一キャリア(f1)と同一タイムスロット(Slot2)を使って,同時に接続しているイメージを示した。

図1●iBurstが採用した空間多重技術のイメージ
図1●iBurstが採用した空間多重技術のイメージ
図は3多重の場合。3ユーザーに対して同一周波数,同一タイム・スロットで送受信する。[画像のクリックで拡大表示]

 ここまで説明してきた,ワイドバンド技術(FDMA),TDMA/TDD方式+非対称スロット・フレーム構成,空間多重技術(SDMA)を整理したのが図2である。

図2●FDMA/SDMA/TDMA+TDD方式を組み合わせた非対称スロット・フレーム構成
図2●FDMA/SDMA/TDMA+TDD方式を組み合わせた非対称スロット・フレーム構成
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 ここで8キャリアのうち,1キャリアの上り下り1スロットずつは,コントロール・チャネルとして使われる。基地局が利用できる本来のスロット数は,上り下りとも3スロット×8キャリア×3空間多重=72スロットだが,このうちコントロール・チャネルが1スロット×3空間多重=3スロットを利用するため,トラフィック・スロット数は69スロットが割り当てられる。

 基地局の最大スループットを,1タイム・スロット当たりの最大データ・レート(上り方向が115.2kビット/秒,下り方向の353.6kビット/秒)を基に計算すると,上り方向は115.2kビット/秒×69=7.95Mビット/秒,下り方向は353.6kビット/秒×69=24.4Mビット/秒。両方向の和である32.35Mビット/秒が基地局の最大スループットとなる。

 iBurstが使用する周波数帯域は5MHzなので,システムの最大周波数利用効率は32.35Mbps/5MHz=6.47ビット/sec/Hz/cellとなる。この数値は他のシステムに比べて高い。

(5)適応変調方式とエラー訂正技術
 iBurstシステムのもう一つの特徴が,通信環境に応じて最適な変調方式を選択する適応変調方式とエラー訂正技術である。どちらも無線状態の良い環境ではデータ・レートが高い変調方式を選択し,無線状態の悪い環境ではデータ・レートが低いものの接続性を優先できる変調方式を選択するものだ。

 iBurstシステムでは表1に示した通り,変調方式を選択できる。システムは各変調方式のRSSI(receive signal strength indicator:受信電界表示)の評価値と現状のSNR(signal to noise ratio:信号対ノイズ比)を常に比較。フェージングが発生した場合でも高い周波数有効利用率を得られるように,基地局とユーザー端末間で必要とするSNR値に対して,最適な変調方式を2フレーム(10m秒)ごとに選択している。

表1●適応変調方式の変調クラスごとのデータ・レート
表1●適応変調方式の変調クラスごとのデータ・レート
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 エラー訂正技術では,畳み込み符号ブロック符号との組み合わせによる新方式を採用した。各変調クラスのデータ・レートとSNRの関係を変化させることで,様々な無線環境下でも最適な変調方式を選択できるよう設計されている。

認証強化のため独自プロトコル追加

 iBurstシステムは独自の認証プロトコルと汎用的な認証プロトコルによって,セキュリティを強化している。

 基地局認証では無線プロトコルのコンフィグレーションを行う過程で使うプロトコルとして「iHAP」(iBurst handshake and authentication protocol)を定義した。ユーザー端末がiBurstネットワークに接続する際に,ユーザーが個別に持つ公開鍵を交換することで認証する。

 この際にデータを暗号化するためのプロトコルが「iSEC」(iBurst secure communications protocol)である。認証後はiSECにより,フレームごとに異なる共通暗号鍵でデータを暗号化することで,無線を行き交うデータのセキュリティを確保している。

 ユーザー端末認証には,「iTAP」(iBurst terminal authentication protocol)を定義。端末側にあらかじめインストールした電子証明書を基地局に送信し,この証明書を基地局側で照合することで認証する。この証明書は自動的に更新される。

 ユーザー認証は汎用的なプロトコルを活用。PPPクライアントとパケット・スイッチ,またはインターネット接続事業者(ISP)に設置されるアクセス・サーバーとの連携により実現する。PAPCHAPはユーザーとISPとの間で,IMSIはユーザー端末から送られたIDを基に基地局とPDSNとの間で,セッションを確立する際に使われる。

VoIPとの高い親和性を実現

 IP技術をベースに構築されているiBurstシステムは,IPネットワークに容易に接続できるだけでなくVoIPとの親和性が高い。

 VoIPを使ったサービスは有線環境で始まったところ。しかしiBurstシステムは無線環境でも,VoIPの音声品質劣化要因である遅延や揺らぎ,パケットロス,エコー,入出力レベル(音の大きさ)などの要因に対してQoS制御を含めて改善を加え,商用化できるレベルまで引き上げている。

 IP電話の通話品質基準として「R値」を採用する場合が多いが,iBurstシステムでは固定電話並みのR値=80を実現している(表2)。

表2●IP電話の通話品質基準
表2●IP電話の通話品質基準
R値や遅延時間などを基に評価する。 [画像のクリックで拡大表示]

大容量化/高速化技術を開発中

 近年,国内外でワイヤレス・ブロードバンドが注目を集めており,iBurst以外にもWiMAXなどの新しいシステムが提案されている。今後も高速大容量のシステムの検討が進むだろう。

 iBurstのユーザー・データ・レートは現在最大下り1Mビット/秒だが,2Mビット/秒,5Mビット/秒,10Mビット/秒に高速化したユーザー端末を開発し,順次市場に投入する。並行して基地局の容量を上げていく予定である。このために,空間多重数のアップや,複数の周波数を束ねる技術,符号変調方式などの新技術の研究開発を進めている。

 音声サービスではVoIP化が加速すると考えられる。携帯端末も視野に入れ,時速100k~150kmの移動中でも利用できるプロトコルの開発と実証実験を進めている。

小山 克志(こやま・かつし) 
京セラ 通信システム機器事業本部 ワイヤレスブロードバンド事業部 第1技術部 責任者
1983年3月,明治大学工学部電子通信工学科卒業。同年,京セラに入社。情報機器関連の技術部門を経て,1997年から通信機器関連の技術部門でWLL,iBurstの開発に従事。