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 今回はiBurstシステムの技術について,(1)高いデータ・レートを得るための周波数利用効率の向上,(2)無線通信のセキュリティを高める認証機能,(3)高品質の音声通話を実現するVoIPサポート――という三つの特徴に絞って詳細を説明する。

周波数利用効率を高める五つの技術

 ワイヤレス・ブロードバンドで,ユーザーにとって最も重要なのは安定してハイ・スピードの通信ができることである。こうしたユーザーの要望に応えるために,基地局側のトータル・スループットを高める必要に迫られている。一方,ワイヤレス・ブロードバンドのために効率が良い周波数帯は不足しており,十分な周波数帯域の確保が難しい。

 こうした状況下で高速なユーザー・データ・レートを確保するためには,システムの「周波数利用効率」を高める必要がある。信号品質が低い場合のデータ再現能力や,受信電力変動(フェージング)に対する制御方式,隣接セルからの妨害波に対する抑圧性能をそれぞれ改善する技術の導入が不可欠となる。

 iBurstシステムでは,様々な技術を採り入れて周波数利用効率を高めている。以下ではこれらの技術の中から(1)ワイドバンド技術(FDMA),(2)TDMA/TDD方式+非対称スロット・フレーム構成,(3)アダプティブアレイ・アンテナ技術,(4)空間多重技術(SDMA),(5)適応変調方式とエラー訂正技術――について説明する。

(1)ワイドバンド技術(FDMA)
 5MHzの周波数帯域を使用するiBurstシステムでは,FDMA方式によって5MHzを八つのキャリアに分割する(図1)。1キャリア当たりの帯域は625kHzとなり,8チャネルを同時に利用できる。

図1●iBurstが導入したワイドバンド技術(FDMA)
図1●iBurstが導入したワイドバンド技術(FDMA)
5MHzを8キャリアに分割する。[画像のクリックで拡大表示]

(2)TDMA/TDD方式と非対称スロット
 iBurstのフレーム長は5m(ミリ)秒である(図2)。このフレームをTDMA方式により複数のタイム・スロットに分割。さらにTDD方式によりユーザー端末から基地局までの上り方向の通信と,基地局からユーザー端末への下り方向の通信を同じチャネル内でやり取りする。

図2●iBurstのフレーム構成
図2●iBurstのフレーム構成
TDMA/TDD方式により上り下りとも3タイム・スロットを確保。上り下りで非対称のスロット・フレーム構成になっている。[画像のクリックで拡大表示]

 このため一つのフレームは,上り下りともに3タイム・スロットの6タイム・スロットで構成される。

 この上りと下りのスロット長は同じ長さではなく,下り方向が長い非対称構成(上りが1に対して下りが2)となっている。iBurstの標準シンボル長は2μ(マイクロ)秒のため,シンボル・レートは1/2μ秒=500kシンボル/秒となる。

 iBurstシステムはデータ・レートを高速化するために,1シンボル当たりの情報ビット集積度を高めている。

 まず変調方式ではBPSK(2相位相変調)から12QAM(12値振幅位相変調),24QAM(24値振幅位相変調)まで,下り方向では9種類,上り方向では8種類の変調クラスをサポートしている(表1)。

表1●適応変調方式の変調クラスごとのデータ・レート
表1●適応変調方式の変調クラスごとのデータ・レート
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 ここで下りの最大変調クラス8(24QAM)では,情報ビット集積度を高めることで1シンボルに4ビットの情報を乗せられる。上りの最大変調クラス7(16QAM)では1シンボルに3.5ビットの情報が乗る。

 1タイム・スロットの最大データ量は,上りが(上り方向の情報シンボル長/標準シンボル長)×1シンボルに乗せる情報=(364μ/2μ)×3.5ビット=637ビット,下りは(下り方向の情報シンボル長/標準シンボル長)×1シンボルに乗せる情報=(920μ/2μ)×4ビット=1840ビットとなる。ここから制御情報などの冗長ビットを除くと,実際のデータ量は上りが576ビット,下りが1768ビットとなる。

 iBurstシステムの1フレーム長は5m秒なので,1タイム・スロット当たりの最大データ・レートは,上りが576ビット/5m秒=115.2kビット/秒,下りが1768ビット/5m秒=353.6kビット/秒となる。

 さらにユーザー端末は3タイム・スロットを集約する機能を持っているので,1ユーザー当たりの最大データ・レートは上りが115.2kビット×3スロット=346kビット/秒,下りが353.6kビット/秒×3スロット=1061kビット/秒となる。

 下りの3スロットの後ろには,85μ秒のガード・タイムを設けている。このガード・タイム分だけ,フレームの遅延が許される。この時間と電波の速度(秒速30万km)を基に計算すると,iBurstシステムの最大到達距離は12.75kmとなる(図2)。

 なお,iBurst基地局は,基地局間のフレーム同期をGPS(Global Positioning System:全世界測位システム)からの1PPS(pulse per second)信号を基に実現。近接する基地局間で電波干渉が発生しないよう防止している。

(3)アダプティブアレイ・アンテナ技術
 無線通信の通信品質を安定させるアダプティブアレイ・アンテナ技術は,「ビームフォーミング」と「干渉波抑圧」(ヌル点形成とも呼ぶ)という二つの技術から構成される。

 ビームフォーミングは,複数アンテナから受信したそれぞれの受信信号の相関関係を基に,送信する電波の振幅と位相をコントロールして特定のユーザー端末に送る電波を強調する。干渉波抑圧では,干渉の対象となるユーザー端末に逆位相の信号を配して干渉を回避する。

 この二つを組み合わせることで,オリジナル信号レベルの改善と干渉波レベルの減少を同時に実現。結果として希望波のダイナミックレンジを大きく改善している。

 実際のiBurst基地局は12本のアンテナで構成し,基地局は独立した12個の送信部と受信部を持っているが,図3では4本アンテナの場合を例にアダプティブアレイ・アンテナのプロセスを説明する。

図3●アダプティブアレイ・アンテナ技術の概念図
図3●アダプティブアレイ・アンテナ技術の概念図
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 まず,基地局の各アンテナがユーザー端末からのシグナルを受信すると,受信したシグナルの振幅と位相を基地局内のモデムが検出,それぞれの受信信号の相関関係に基づいて送信波の振幅と位相をコントロールする。

 この際に,送信したいユーザー端末ごとに希望波を強調(ビームフォーミング)し,干渉の対象には逆位相の信号を配して干渉波を抑圧する。

 図4左はアダプティブアレイ・アンテナ技術の効果を説明したもので,右図はシミュレーション結果である。的確なビームフォーミングと干渉波抑圧により,ユーザー端末(図中ではユーザー1,2,3,4)間で信号レベルが改善され,干渉波が減少していることを示している。

図4●アダプティブアレイ・アンテナの技術の効果とシミュレーション結果
図4●アダプティブアレイ・アンテナの技術の効果とシミュレーション結果
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小山 克志(こやま・かつし) 
京セラ 通信システム機器事業本部 ワイヤレスブロードバンド事業部 第1技術部 責任者
1983年3月,明治大学工学部電子通信工学科卒業。同年,京セラに入社。情報機器関連の技術部門を経て,1997年から通信機器関連の技術部門でWLL,iBurstの開発に従事。