本記事は日経コンピュータの連載をほぼそのまま再掲したものです。初出から数年が経過しており現在とは状況が異なりますが、この記事で焦点を当てたITマネジメントの本質は今でも変わりません。

 「プロジェクトの進め方を革新するプロジェクト」の最終目標は,企業そのもの,すなわち組織や文化・社風まで,プロジェクトを推進しやすいように変革することである。そのためには,自社の組織がどの程度プロジェクトをうまくこなせているのかを把握できる尺度が必要になる。そこで,ソフト開発プロジェクトを手掛ける組織の成熟度を測る手法を提唱し,本連載のまとめにしたい。

林 衛(はやし まもる)
アイ・ティ・イノベーション 代表取締役

 「プロジェクトのやり方を革新しろ,という提言に異論はない。ただ,革新を進めていくときに,物指しはないのかね。尺度がないと,そもそも目標が立てられないし,改革を進めていっても,どれだけ改善したのかが分からない。開発の生産性のデータは集めているが,それだけではプロジェクトの管理良しあしの巧拙を評価できないだろう」。

 「プロジェクト管理は技術の問題ではなくて,その企業のマネジメントの問題です。組織とか,命令系統,仕事のやり方,さらには社風や企業文化までが複雑に絡みます。こうしたさまざまな要素の組み合わせによって,プロジェクトに強い企業から,いつも失敗してばかりの企業まで分かれるわけです。ですから,おっしゃるように,その企業や組織がどれだけうまくプロジェクトをやれるのかということを測る尺度が必要ですね。その一つとして,ソフト開発プロジェクトを担当するIT(情報技術)組織の成熟度を示すCMM(能力成熟度モデル)というものがあります」。

 「CMMは,以前に勉強したことがある。米カーネギ・メロン大学が作った,ソフトウエア開発のプロセス群の分類でしょう。ただ,CMMで規定されている五つのレベルのどこに自分たちがいるかを判断するには,各レベルで規定されているプロセスを備えているかどうかを見るしかない。物指しとしてはちょっとおおざっぱなんだよね」。

 「ソフト会社やユーザー企業の情報システム部門を調べると,8割以上の企業がCMMのレベル1になってしまうでしょうからね。優秀な社員(ヒーロー)に依存していて,きちんとした開発プロセスがない状態です。では,CMMのレベル1から2の間をもう少し分けた尺度を作ればいいのではないですか」。

 「それはいい考えだ。協力してくれますか。一緒に研究しましょう」。

 以上は,ある超大手システム・インテグレータの幹部と筆者の間で交わされたやり取りである。この会話の後,インテグレータと筆者はプロジェクト・チームを作り,IT組織の成熟度を把握するモデルを開発している。

 このインテグレータは日本を代表する企業の一つで,無数といってよいほど多数のプロジェクトを抱えている。各プロジェクトを成功させるために,同社は開発支援ツールや開発方法論の導入など,さまざまな手を打っている。次のステップとして,果たして効果が上がっているのかどうか,各プロジェクトを担当している組織のレベルを評価する方法を検討していた。

 このインテグレータに限らず,ソフト開発を手掛ける企業や組織の経営者が切望しているのは,自分の会社や組織のレベルを測る物指しだろう。自社はどのくらいの水準で,他社より良いのか悪いのか。開発支援ツールを買ったり,プロジェクト管理のガイドラインを作ったりしたが,その効果はどうなのか。一連の疑問に答える適切な物指しがないのが現状である。

 本連載で筆者はこれまで,「プロジェクトの進め方を革新するプロジェクト」の実施を提唱してきた。ここでも経営者の方々から,「プロジェクトのやり方が前より改善したということをどう測るのか」という疑問が出るだろう。

 そこで,本連載のまとめとして,「IT組織の成熟度」を測る新しい手法を提案してみたい。この手法を使えば,自社の成熟度を把握して,プロジェクト革新の目標を立てられ,しかも改善状況も把握できるようになるはずだ。

組織成熟度を四つに分類


 図の右側に示したのが筆者が作ったIT組織の成熟度を示す新しいモデルである。ソフト開発企業あるいは組織のレベルを四つに分けた。プロジェクト管理やソフト開発にかかわる定性的な評価項目を100以上用意し,各項目について四つのレベルを規定してある。

図● IT(情報技術)組織の成熟度向上に関するモデル。CMM(能力成熟度モデル,図の左側)のレベル1 と2 をより詳細に規定した新しいモデル(図の右)を作成した
図●システム・インテグレータB社が抱えるプロジェクト関連の課題と対策の基本方針
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 図には例として,「ルール」と「測定」という評価項目を示した。ルールや各種の基準値が設けられ,それらに沿った活動ができていれば,ルールについてはレベル4になる。組織的にソフト開発の生産性などを示す数値を測定し,測定した数値を蓄積できていれば,「測定」についてはレベル4となる。

 この新しいモデルを使うためのアンケート用紙も用意した。現場の開発者やプロジェクト・マネジャはアンケート用紙にある評価項目について,「できている」,「できていない」を記入していく。アンケート結果を点数に置き換えて集計すると,最終的には1から2の間の数値になるようにした。

 なぜ1から2にしたかというと,新しいモデルは,CMMのレベル1から2の企業・組織を対象にしているからだ。つまり,新しいモデルで規定している評価項目をすべてクリアした企業は少なくとも,CMMのレベル2で規定しているプロセスを備えていることになる。

 もちろん,アンケートへの回答が常に正しいとは限らない。そこで,実際には,幹部と現場の技術者の回答のギャップを分析したり,アンケート結果を基に個別に技術者をインタビューするなどしてから,最終的に成熟度を決めるようにしている。

 新しいモデルは,四つのレベルごとに上位のレベルへ行くための「焦点」(ポイント)をまとめてある(図参照)。例えば,レベル2の企業は,プロジェクト管理に注力することで,レベル3へ上がれるようになる。さらに,各評価項目を上げるための改善策の案も用意した。このモデルを使う企業は,自社の強みと弱みを把握でき,弱い評価項目については用意された改善策を利用して,プロジェクト革新プロジェクトを始められる。