携帯電話のつながる仕組みは,実に複雑で工夫に満ちています。今回発行した単行本『携帯電話はなぜつながるのか』を編集している間,「よくこんな仕組みを考えるものだなあ」「私の知らぬ間に,携帯電話端末はこんなことまでしているの?!」と何度も驚きました。詳しくは,『携帯電話はなぜつながるのか』(写真)をご覧いただければと思いますが,ここでは2つの面白い技術をご紹介します。

無線基地局に届く電波の強さをそろえる

 携帯電話の端末は,最寄りの無線基地局と電波を使って通信しています。電波は動き回っても通信できる魅力がある半面,注意しないと電波がぶつかり合って(干渉して)通信できなくなってしまいます。一つの無線基地局のエリアには数多くのユーザーがいるので,同時にユーザーが通信するには何らかの工夫が必要です。

 工夫の一つが,携帯電話端末が出す電波の電力をコントロールすることです。携帯電話端末が出した電波は,一斉に無線基地局に届きます。電波は伝わる距離が長くなるほど弱まるので,無線基地局から遠い端末が出した電波は弱まって,近くにいる端末の電波は大きいまま無線基地局に届きます。弱まった電波に強い電波が重なると,無線基地局は弱まった電波に乗った情報をきちんと読み取れなくなってしまいます。

 そこで採用しているのが,「端末の送信電力をコントロールして,無線基地局に届く電波の強さを同じにしよう」という方法です。無線基地局が端末から届いた電波のレベルを計測して,それぞれの携帯電話端末に送信電力を変えるように指令を出すのです。携帯電話端末は1秒間に1500回も出力レベルを変更しているので,周囲の電波環境が急に変わったり,ユーザーが移動したりしても,すぐに対応できます。本の原稿でこの内容を読んだ後,電力制御の様子は見てもわからないとは思いながらも,ついついじーっと端末を眺めてしまいました。

1秒間に500回も方式を変えてベストを尽くす

 電波の強さ以外にも,携帯電話は1秒間に500回も方式を変えることがあります。それは,高速通信で使う「HSDPA」(High Speed Downlink Packet Access)技術の場合です。HSDPAは理論上最大14Mビット/秒の通信速度を出せる技術で,NTTドコモやソフトバンクモバイルなどが,HSDPAを使った最大3.6Mビット/秒の通信サービスを提供しています。

携帯電話はなぜつながるのか

 HSDPAが切り替えるのは,変調方式や誤り訂正の度合いです。変調方式というのは,電波にデータを乗せる時のルールです。効率のよい変調方式を使うと一度にたくさんのデータを電波に乗せられるので,通信速度が速くなります。実際に,HSDPAでは,「16QAM」(Quadrature Amplitude Modulation)と呼ぶ変調方式を使って速度を高めています。

 ところが,16QAMが使えるのは電波環境がよい時だけです。多くの人が同時に通信している時や障害物が多い場所で16QAMを使うと,受信側でデータを誤りやすくなります。誤ってしまうと,次に紹介する誤り訂正方式を変えたり,再送することになったりするので,逆に効率が悪くなります。そこで電波環境が悪い時は,HSDPAを導入する前から使っていた変調方式「QPSK」(Quadrature Phase Shift Keying)に切り替えます。一度に電波に乗せるデータは,16QAMが4ビットに対して,QPSKが2ビットと半分になりますが,データが誤りにくくなります。

 電波環境によって,データの誤りを検知したり,訂正したりすることができる「誤り訂正」も切り替えます。電波環境が悪い時は,誤り訂正用の「冗長ビット」と呼ぶ追加の情報を多くし,環境がよい時は冗長ビットを少なくします。

 つまりHSDPAの場合,電波環境に応じて変調方式と冗長ビットを変更しているのです。こうすることで,少しでも高速に効率よく通信します。環境に合わせて方式を切り替えるタイミングが短いほど,電波環境に応じてベストを尽くせるため,2ミリ秒単位(1秒間に500回)と頻繁に切り替えるのです。携帯電話は実に働きものです。

 今回は携帯電話の技術の面白さのうち,送信出力の制御とHSDPAの方式の切り替えについて紹介しました。さらに来週7月9~13日に,「知っていますか? 携帯電話のこんなトリビア」と題した連載を掲載します。ぜひご覧ください。