本記事は日経コンピュータの連載をほぼそのまま再掲したものです。初出から数年が経過しており現在とは状況が異なりますが、この記事で焦点を当てたプロジェクトマネジメントの本質は今でも変わりません。

プロジェクトの終了とは,計画通りに成果物を完成させることではない。本当の意味でのプロジェクトの終了は,「顧客に成果物を引きとってもらうこと」である。きちんとプロジェクトを終えるためには,あらかじめ終了条件をはっきりさせておき,公式な書類に記載しておくことが前提となる。終了時のイメージを共有してプロジェクトを進める,終了条件をチェックリストで確認する,といったことも欠かせない。

伊藤 健太郎
アイシンク 代表取締役

 今回はプロジェクトの終了に関して考える。「プロジェクトは繰り返しではない1回限りの活動である」という特徴から,人間と同じようにライフサイクルが存在する。ただ,人間のライフサイクルと異なり,プロジェクトでは終了日がいつであるのかが明確に定義されている。どんなプロジェクトでも必ず納期が設定されるからだ。

 しかし,納期の日が来れば,自動的に終了するプロジェクトなど存在しない。どのようなプロジェクトでも終わりは来るが,それは自然に終わるものではなく,意思をもって終わらせる手続きが必要になる。

 現実にはプロジェクトを予定通りにきちんと終了させることは,簡単ではない。マニュアル通りにプロジェクトを進めたり,あるいは最新のマネジメント手法に従えば期日通りに終わるものでも決してない。

 さらに言うとプロジェクトの成果物に問題がないことと,プロジェクトが予定通りに終了することは同じではない。今回は,筆者の苦い経験を例として話を進めさせていただく。このプロジェクトの成果物は,プラントであったが,情報システムと置き換えても,得られる教訓は一緒である。

成果物ができても終了できないことも

 それは,台湾におけるプラント建設プロジェクトで,客先との終了に関する契約条件を要約すると,次のようなものであった。
●プロジェクトの終了条件は,プラントが完成してオペレーション(運用)・テストが終了し,問題がないことである
●顧客はオペレーション・テストで問題がないことを確認したらすぐに,プラントの引き取りを証明する終了通知書をベンダーに送る
●プロジェクトの終了日までは,ベンダーがプラントのオペレーションを担当する

 2番目の条件からおわかりのように,プロジェクトの終了日は客先が書類を発行する日である。この契約で,どのようなことが起こったか。

 我々は全力を挙げて,テストの準備をした。努力の甲斐があり1カ月近くかかったすべてのテストを問題なく,しかも予定通りの時期に終了した。プロジェクトの成果物は,客先の仕様書通りであり,一つも問題はなかった。プロジェクトメンバーは,やっと帰国できるという気持ちでうきうきしていた。そして帰国の準備をしながら,客先からの終了通知書を待っていた。

 当然,契約書に記載してあるようにプラントのオペレーションは実施していた。1週間が過ぎた。終了通知書が届くのが遅いなと思い,電話をする。顧客は,「もうすぐ提出しますよ」という返事であった。2週間が過ぎ,また電話する。「書類を作成する担当者が出張中なので,帰ったらすぐに出します」。

 無論,電話だけでなく毎日のように客先の現場や,顧客のトップのところに出向いていった。その一方で,プロジェクトメンバーの中でオペレーションに関係しない者は次々に帰国していった。

 さて,筆者とこの顧客のやり取りは一体どのくらい続いたか,読者の皆様は想像できるだろうか。なんと最終的には,約半年,6カ月もかかったのである。1枚の終了通知の紙切れをもらうためにである。おそらく,皆さんは6カ月も何をぐずぐずしていたのかと感じるかもしれない。

 ただ,この状況を想像していただきたい。明日にも終了通知をもらえるかもしれない。そもそも最初から6カ月もかかると考えていない。顧客を訴えるなどということも心情的に抵抗があった。そこまでしなくても終了通知書くらいもらえると甘く考えていた。

 しかし,最終的には,裁判に訴える準備をした。訴訟の直前になってようやく終了通知を受け取ることができた。後でわかったが,客先が引き取りを意図的に延ばした理由の一つは,内部のオペレーション体制が出来上がっていなかったからだった。

 筆者はこの経験を通じて,契約書の怖さを痛感し,あいまいさの代償がいかに大きいかを知った。この例は極端と感じられるかもしれない。それでも本当の意味でのプロジェクトの終了は,「顧客に成果物を引き取ってもらうこと」であり,成果物が問題なく完成するだけでは不十分であることがおわかりいただけるであろう。

終了のための六つのステップ

 ではプロジェクトを本当の意味で予定通り終了させるためには何が必要なのだろうか。魔法の手法やツールがあるのだろうか。残念ながら,魔法の手法やツールなどどこを探してもない。プロジェクトマネジャやプロジェクトチームがプロジェクトの終了について真剣に考え,適切な行動をとるしかない。そしてそうすれば,予定通りに終わらせることは可能である。

 プロジェクトを予定通り終了させるための六つのステップを考えることにする。