秋山 進
ジュリアーニ・コンプライアンス・ジャパン
マネージングディレクター

 在庫の評価はどんな企業にとっても頭の痛い問題で、J-SOXでも見積や評価はコントロールすべき重要なポイントの一つとされています。価値の劣化した在庫は評価損を計上し、早め早めに損を切っていくことが原則です。こんなことは誰しもがそう思っているのですが、実際にはずるずると計上を先送りにしてしまうのです。

 「景気がよくなったら、また売れるかもしれない!」と言っても、そんな幸運はなかなか起こりません。むしろ、早めに在庫の評価を下げ売価を下げることで、多少のキャッシュを獲得できる可能性があるのに、高値で寝かしておくことで結局は全損にしてしまうのが関の山です。その意味でも、評価損の計上ルールをしっかりと固め、それを揺るがせないできっちりと実行する内部統制ルールは、健全な経営にとって不可欠なのです。

 ところが、そうさせない事情もあるのです。以前、内部統制とは別件で関わりのあったあるメーカーでは、営業部隊を中心に評価損を先送りするためのある“工夫”が行われていました。

 この会社には、在庫の評価損計上の基本ルールがありました。それは、一定期間以上売れずに在庫としてあると、一定の比率に基づいた金額が評価損となるものです。これはどこの会社もそのような対応をしている教科書的なもので、会計士もそれをもって「良し」とします。

 しかし、この会社の場合には抜け道がありました。顧客からその商品に対して引き合いがあった場合は、たとえ、年齢がある程度高くても商品性ありとして評価を落とさないのです。

 また、そうはいっても、さすがに複数年にわたって滞留している在庫の価値を減じないわけにはいかないのでしょう。そこでまた別のマジックがありました。同社の複数ある倉庫の間で移動が行われると、年齢表の連続性が消えて、ゼロ歳に戻るというへんてこりんなルールです。これは、もともとは、全国に複数の倉庫があり、出荷の際に、一番近くの倉庫に移動させるということが由来のようなのですが、過去作った販売管理システムの設計思想と限界に由来するということでした。

 どう考えてもおかしいシステムなので、私は経営効率を上げるためにも、年齢表の連続性が消えるシステムなどさっさと直してほしいと要望しましたが、そのほうがいいに決まっているのに、皆、理屈にならない理屈をつけて直しません。

 実は、在庫の処分が発生すると営業部門の利益から差し引かれるため、営業本部長が自分の在籍する数年間、粘りに粘ってとにかく簿価を下げずに逃げきろうとするのです。また、人事も過去の責任追及などまったくしない鷹揚な会社だったので、そこで逃げ切り栄転してしまえば、あとのことは自分の関知するところではないわけです。つまり、営業本部長の自己保身が全体の最適化を阻むような統制ルールになっていたわけです。