高収益・多角化で知られる京セラの経営管理手法として有名な「アメーバ経営」。これは創業者の稲盛和夫名誉会長が編み出したものだ。アメーバ経営は現在、京セラグループ各社はもちろん、グループ外にも数百社の導入事例がある。

 この手法の特色は、「会社を平均6~7人の小集団『アメーバ』に細分し、アメーバごとに採算管理を徹底させることによって、社員一人ひとりに経営意識を持たせる」という点にある()。併せて、「業務改善をして採算性を高めよう」という意欲をかき立てるツールが用意されている。アメーバ経営は、管理会計手法であると同時に、リーダー育成手法であり、業務改善手法でもあるのだ。

図●アメーバ経営の構成要素
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 この手法の導入によって現場の活性化や採算意識の徹底に成功した一般事例としてよく知られるのは、総合結婚式サービス大手のワタベウェディング。同社は手法のカスタマイズにも積極的に取り組んでいる(参考記事)。

3つの「家計簿」で独自指標の向上を目指す

 アメーバ経営の本家、京セラを例にとると、アメーバは部や課よりも細かな係単位、班単位で構成されるケースが多い。社員数1万2000人超の京セラには数千のアメーバが存在する。工場では1つの製品の製造工程ごとにアメーバがいる状態が珍しくない。アメーバのリーダーは人事権を持たない現場リーダーだ。

 アメーバは少ない人数であるほど、メンバー全員が経営への当事者意識を育みやすい。だから、社外取引だけでなく社内取引も考慮したうえで、採算管理が可能な範囲でできるだけ小さくアメーバを作るようにする。

 各アメーバのリーダーは、自分が任されたアメーバの年度採算目標を達成すべく、メンバーを鼓舞して業務改善のための知恵を引き出そうと努力する。アメーバ間の社内取引の交渉をまとめる役割も担う。それゆえ、リーダーは部分最適と全体最適のバランス感覚を求められる。

 この手法では、年度採算目標は「マスタープラン」と呼ばれる。マスタープランは12カ月分の月別目標値と1年間の累計目標値から成る。マスタープランには、売り上げ、経費、労働時間などを記載する。マスタープランに書き込む指標のうち、最も重視すべきなのは「時間当たり採算」という指標だ。「(売り上げ-経費)÷労働時間」で算出する。

 この時間当たり採算という指標を高めようというのが、各アメーバの使命である。だから、マスタープランに記載する年度累計の時間当たりの数値は、業務改善努力なしでは達成できない高い数値となるのが一般的である。「売り上げ最大、経費最小、時間短縮」を合い言葉に、各アメーバが努力を重ねる。

 リーダーは新年度に突入したら毎月末に、その月の「実績採算表」を作る。実はマスタープランも実績採算表も同じフォーマットで作る。見た目は家計簿に似ていて、売上高を書き込む欄はシンプルだが、経費を書き込む欄は細分化されている。細目の種類は営業部門と製造部門のアメーバでは異なるが、原材料費や消耗品費、工具費、電気代、電話代、交通費、事務用品費などの項目が並ぶ。どの項目が削減できるかを現場に考えやすくするためだ。

 リーダーとメンバーは、その月の実績採算表とマスタープランを比較し、年度目標と達成するには翌月はどんな努力をしたらいいかを考えて、翌月の「予定採算表」を作る。例えば「今月は事務用品費が大きすぎたから、来月は抑制しよう」といった具合だ。

 このようにして、アメーバごとに月次のPDCA(計画・実行・検証・見直し)サイクルを回し、なんとかして年度目標を達成しようと挑み続ける。進ちょく状況を社内でオープンにすれば、営業のアメーバ同士、製造のアメーバ同士の競争心に火が着く。その結果、現場に採算意識や改善風土が育まれ、リーダーはマネジメント能力が高まる。経営陣が現場の採算状況を把握しやすいというメリットもある。

中小企業からグローバル企業まで奮闘中

 アメーバ経営は、企業規模に関係なく適用できるものなのか。その答えは「イエス」だが、企業規模が大きいほど全社にしっかり定着させるには時間がかかる。また、業態によってアメーバ経営手法の適合度合いは異なるが、その企業にあった形にカスタマイズすればある程度調整は効く。

 本特集ではこれから3回にわたって、企業規模の異なる3つの導入事例を紹介する。トップバッターは、売上高110億円強のコンクリート二次製品メーカーであるインフラテック(鹿児島市)だ。九州大手の同社は、GRC(ガラス繊維で補強したコンクリート)を武器に、全国進出を積極的に進めている。土木工事の急減で市況は10年以上苦しいままだが、1998年に就任した2代目社長が攻めの姿勢を貫き、経営改革に成功しつつある。2007年9月期決算で営業利益が前期の4倍以上となる見通し。その背景にはアメーバ経営手法の力がある。

 続いて2番手は、売上高860億円の精密加工装置メーカーのディスコ。IT(情報技術)バブルがはじけ、半導体メーカーからの注文が急に途絶えたため、2002年3月期決算で苦渋をなめた。しかし直近の2007年3月期決算では過去最高の売上高を記録。経常利益率も20%を大きく上回り、見事なV字回復を遂げている。この復活劇を支えたのが、2003年4月に導入した「Will(ウィル)会計手法」。これは1993年から実践してきたアメーバ経営を自社流に昇華させたものだ。

 3番目に登場するのは、2007年3月期に過去最高となる6500億円の売上高を記録した光ファイバ関連製品大手のフジクラである。世界9カ国に多数の製造・営業拠点を持つグローバルカンパニーは、国内の大半の工場にアメーバ経営を導入した段階にある。次は国内最大の佐倉工場(千葉県)に手をつけ、また、アメーバ経営手法のグローバル展開にも踏み出す予定である。

 特集の最後に、アメーバ経営の本家である京セラの森田直行副会長のインタビューを紹介する。森田副会長は、アメーバ経営を使った経営コンサルティング事業を手がけるKCCSマネジメントコンサルティングと京セラコミュニケーションシステム(KCCS)の社長を兼務。稲盛氏から薫陶を受けた、アメーバ経営の申し子と言える存在だ。