岩城:今回はニコンの加藤さんに対談のパートナーをお願いしました。加藤さん、こんにちは。

 加藤さんはニコンの「kashi-kashi.com」というお菓子の情報サイトの運営責任者です。それにしてもニコンというカメラの会社、しかも他のカメラメーカーと比べるとプロフェッショナルが対象のお堅い企業のイメージがあるニコンと、お菓子という組み合わせが私にはどうにも不思議に思えますし、サイトを見ている限りトップの左下に企業名がある以外はニコンと感じられません。

 このサイトをどのような意図で始められたのか教えていただけますか?

加藤隆一(かとう りゅういち)氏
加藤氏

加藤: たしかに「なぜニコンが?」と皆さん驚かれますね。ただ、会員アンケートでは「ニコンが運営していますが、どう思いますか?」という問いに対して、「カメラ会社の運営だけあって使用している写真にこだわりがあった」と言う回答が1位でした。ニコンの名前を前面に出さなくても意図が伝わったことが分かり嬉しいですね。ちなみに2位は「何故運営しているのか不思議」で、3位が「積極的に展開する姿勢に好感がもてる」とネガティブな意見はありませんでした。

 ニコンと言えばカメラ、それもプロ向けというイメージは昔からあります。実際、ニコンで一番の売れ筋が、デジタル一眼レフカメラです。そういうイメージですからネット会員の割合も女性は低く、男性に偏っております。

 そこで女性のお客様とのコミュニケーションを広げる上で、まず「何が一番興味をひくだろうか」と考えました。そして社内で検討した結果、自社だけでなくいろいろな調査結果を見ても、嫌いな人がほとんどいない「お菓子・スイーツ」をテーマにしようという考えに至り、kashi-kashi.comが誕生したというわけです。

岩城:なるほど、そうですか。普通なら女性対象というと旅行だとかファッションなどが写真との関係も付けやすく、企画にも理解が得られそうに思えますが、とてもユニークな発想ですね。

 それにしても、多くの企業では直接売り上げに結びつかないようなサイトの企画には二の足を踏んでいることが多く、仮に実現してもWebマスターの「お遊びコンテンツ」などと揶揄されることもあると聞いていますが、ニコンの社内ではそういうような意見はありませんでしたか?

加藤:当初はシステムなどの仮説検証の意味もありましたので、そういう声はほとんどありませんでした。現在のサイトも、コンテンツ開発や集客の仕組み、システムなどさまざまな「仮説検証」の場であるのは事実ですが、それ以前にまず、お客様にどのような満足を提供できるかが大事だと考えています。

 だからこそ、このサイトで得られた成果を会社にどのようにフィードバックできるかが、重要な課題ともなるわけです。ただ、そういうことについて社内外から興味をもたれているというのは、プレッシャーでもあり、うれしくもあります。

岩城:いろいろな目的で仮説検証のために開設したサイトということですね。それにしてもニコンの企業文化にはそういう寛容な要素があるということですね。

 ところで、今年の2月に全面リニューアルを実施したとのことですが、リニューアルにあたって加藤さんご自身が目指した点や、新しい企画、一押しコンテンツはどのようなところですか?

加藤:全面リニューアルは今回が初めてとなりますが、既存会員のお客様は逃がさないようにしつつ、より多くの方に楽しんでいただけるサイトを目指しました。

 また、サイトを立ち上げてから5年以上になりますが、仮説検証のためにコンテンツを追加し続けた結果、コンテンツ数が少々増えすぎてしまいました。そこで既存コンテンツを整理した上で、新たな仮説検証を目指したコンテンツを加えていこうと考えました。

 例えばトップページの目玉企画である「お菓子ガイドブック」には、お客様にスイーツの記事を投稿していただくというCGM方式を採り入れております。投稿者を「スイーツライター」と称し、投稿数の多い方には様々なインセンティブを提供する、といったことも企画中です。

 写真を絡めたコンテンツ「スイーツsnap」も新たな取り組みの一つで、これは、「カメラのことも紹介して欲しい」というアンケート結果からスタートしたものです。毎回、ゲストとフォトグラファーがあるエリアに出かけて、その土地のスイーツを紹介したり、街の風景を撮っていくという内容で、各回で使用したカメラの紹介コーナーも設けています。

 ただし、いわゆるスペックの訴求ではなく、ゲストの視点から見たカメラの印象や特徴をコメントしていただく、という形をとっています。そういうところが、このサイトならではの部分でしょうね。

岩城:確かにお菓子がテーマということもあり、デザインも可愛らしくて女性をターゲットとしたサイトとしてはぴったりのイメージですね。もっとも甘いものを控えている岩城としては、残念ながら危険な情報ばかりですが。(笑)

 ところで、公開後にユーザーの評価などについて調査をされましたか? また、アクセスログの分析などから得られた情報についても差し支えない範囲でお話いただけますか。

加藤:リニューアル後の3月訪問者数は28%増、ページビューは34%増でした。会員数は800人の方に新規登録いただき、トータルでは約20,000人になっております。

 リニューアル前と比較したアンケート調査では、「良くなった/まあ良くなった」という回答が82%を占めて、ひとまずほっとしました。またコンテンツの内容に関しても、「良い/まあ良い」が86%と、全体的には高い評価をいただきました。しかし、改善の余地がまだまだあると思っていますので、すでに修正作業に入っています。

 商品作りと同じで、新発売した時点から、次に向かって作業が始まっているという感じでしょうか。

岩城:そうですか、リニューアルは大成功でしたね! ところで、登録ユーザーはどのようなプロフィールで、当初意図したとおりのユーザーが集まってきていますか?

 また、リニューアル前と後ではユーザー層に変化がありましたか? これも差し支えない範囲で教えてください。

加藤:現在、登録会員の90%が女性で、20~40歳が全体の54%ですので、ほぼ意図したとおりの数字だと思います。リニューアル前と後を比較して最も変化したのは10代の会員ですね。絶対数では増えましたが、構成比では減少しました。一方、20~30代の比率は上昇しております。

 言い換えれば、20~30代の新規のお客様が大幅に増えたということです。

岩城:そうですか。ほぼ意図通りの状況ということですね。私見ですが、企業サイトもユーザーの興味を引く集客コンテンツに知恵を絞り始めていると思いますし、ユーザー数が百万人以上になるようなメガサイトも多くなってきました。

 私が企業のサイトを運営していた時から、企業は自社サイトを自社メディアとして使いこなすべきだと言い続けているのですが、今回のニコンのような試みで、そういうことが実現しつつあることはたいへん喜ばしい限りです。

 テレビや新聞などのインターネット以外のメディアもそのコンテンツに工夫を凝らしてユーザーを引きつけることに心を砕いているわけですし、企業が自社メディアに楽しいコンテンツやサービスを盛り込んで、ユーザーを集め、できるだけサイトに滞在してもらうことに心を砕くのは、ある意味当然の事と考えています。

 訪問してくれたユーザーには満足して帰っていただき、時々は再訪していただく、そのためには「おもてなしの心」が大切だということですね。そういう意味で、 kashi-kashi.comは、一つの理想を実現したといって良いと思います。

 ところで、加藤さんは今後このサイトをどのように育てて行こうと考えていますか?

加藤:丹精こめて作ったお菓子も、食べてしまったらなくなります。そのお菓子を、写真で思い出として残し、後から「見る喜び」などを感じていただけたらと思います。そして次に、「撮る喜び」に少しでも興味を持って頂けたら、というのが願いです。そうした願いの一環として、「スイーツツアー」を企画中です。

 メインはスイーツであることは今後も同様ですが、サイトから飛び出してリアルの世界をも体験して頂き、旅やスイーツを通じて写真に興味を持っていただくことが目的です。またスイーツ教室を合体させた食べ歩きも良いですね。いろいろアイデアがありますが、写真や映像に結びつくユーザーへの関心事をどんどん取り入れていくつもりです。

 担当者としては、「お客様の満足するサイトはいかにあるべきか」を考えの中心に据えて、トライ&エラーを積み重ねながら、お客様とともに、「kashi-kashi.com」を育てていきたいと考えおります。

岩城:ニコン自身のメディアであるkashi-kashi.comを軸にユーザーとより密接な関係性を築いていこうというわけですね。

 甘いもの好きでありながら、存分に食べるわけにはいかない私も、時々は「怖いもの見たさ」(笑)でkashi-kashi.comを訪問させていただきます。

加藤さんありがとうございました。

加藤 隆一(かとう りゅういち)
マーケティング本部 第三マーケティング部 Eビジネス推進室

1988年慶応義塾大学卒業、JTB入社。90年ニコン入社後、カメラ貿易部に配属。香港・シンガポールの駐在を経て、映像カンパニー マーケティング本部Eビジネス推進室に在籍