米Microsoftがこのところ一貫して「柔軟な態度」を示していることは,少し評価してもいいかもしれない。インターネット検索分野の巨人である米Googleからの非常に根拠に乏しい言いがかりを受けて,Microsoftは先日,Windows Vistaに大規模な変更を加えることに同意したのだ。今回のコラムでは,MicrosoftとGoogleのデスクトップ検索機能を巡る争いの全ぼうを,詳しく解説する。

 今回発表された機能変更は,2007年中にベータ版が登場する予定のVista Service Pack 1(SP1)の一部として提供される。当初の予定だとMicrosoftは,2007年中にVista SP1の最終版をWindows Server 2008とともに出荷する予定だった。筆者の見たところでは,Microsoftはこれらの新しい変更点を,Vista SP1の出荷が遅れることの半公式的な言い訳にしているようだ。ただし同社は,「Vista SP1のリリース予定について,一度も公に約束したことはない」と主張するだろう。だがこれは,また別の話である。

 今はっきりしているのは,GoogleとMicrosoftという2人の巨人が衝突した結果,混乱状態が発生したということだ。Microsoftが少し問題を指摘されただけで,すぐに製品に変更を加えるようになったのは,概して好ましいことだと筆者は考えている。Microsoftは過去に,競合他社と顧客の両方から苦情を受けて,Vistaに変更を加えたことがある(詳しくは筆者の記事「土壇場でWindows Vistaに追加された変更点」を参照)。

 だが今回の変更は,Googleが不満を表明したことに端を発している。Googleは,インターネット検索と広告の分野における文句なしの勝者で,電子メールやカレンダ,デジタル・メディアのストレージと配信など,Webベースのアプリケーションとサービスの分野において,どんどん影響力を増している。Microsoftが今回,Googleの不満を聞き入れた理由は定かではない。今回の記事では,不満の内容,そしてMicrosoftのWindows Vista変更計画の詳細について,できる限り考察してみたいと思う。単純に言っても,今回の一件は予想外の出来事だったからだ。

デスクトップ検索に目を付けたMicrosoft

 すべては2004年に始まった。米国におけるMicrosoftの独占禁止法違反訴訟の和解(2002年から)や,独占禁止法違反に絡む欧州連合(EU)からの攻撃(2004年3月から)を受けて,Microsoftの様々なライバルは大西洋の両側にいる規制当局者に近づき,MicrosoftがWindows Vista(当時はLonghornというコードネームで知られていた)で実現しようとしていたことについて,不満を表明したのだ。

 Vistaの開発期間があまりにも長かったので,2004年の情勢がどのようなものだったのか,思い出すだけでも一苦労である。当時のMicrosoftは,2003年10月のProfessional Developers ConferenceでVistaの刺激的な機能セットを初めて発表した余勢を駆って,順調に前に進んでいた(2003年のPDCについては,筆者の記事「Windows Vista開発史(第2回)」を参照のこと)。この時期はMicrosoftにとって,めまいがするほど順風満帆なときだったのである。Microsoftが間違いを犯すことなど,ありえないように思えた。当時,Vistaというのは希望に満ちた未来のOSだったのだ。

 偶然にも,このときMicrosoftが誇示していたVistaの主要機能の1つが,インスタント・デスクトップ検索だった。当然のことながらPDCでの発表後,Microsoftのライバルたちは我先にと自社のデスクトップ検索製品を発表した。Googleは,2004年10月にGoogle Desktop Searchのベータを出荷した。一方米Appleは,2004年6月にOS X用のSpotlight機能を発表したが,同機能が実際にリリースされたのは2005年の4月だった。従って,Microsoftがこれらのライバルよりも先に,Windows向けのインスタント・デスクトップ検索機能の開発計画を発表していたことは,このデータが証明しているのである。だがVistaの完成が当初の予定より何年も遅れたため,MicrosoftはWindows Desktop Searchと呼ばれる,Windows XP向けのインスタント・デスクトップ検索アドオンを出荷した。Windows Desktop Searchが発表されたのは,2004年の7月だった。

 Microsoftがライバルよりも先にインスタント・デスクトップ検索機能を開発する計画を発表し,すべてを明らかにしていたことを考慮すると,その年に出始めた「Vistaが独占禁止法に違反している」という苦情は,デスクトップ検索以外の問題に関するものだったと考えるのが妥当だろう。例えば,2004年3月のEUによる独占禁止法違反の申し立てには,Windows Media Playerを搭載していないWindowsバージョンの出荷をMicrosoftに求めるという,劇的な機能変更の要求が含まれていた(余談だが,この変更は消費者とPCメーカーから大きな反発を受けた。消費者もPCメーカーも,Windows Media Playerを削ぎ落としたWindowsバージョンなど購入しなかったのだ。さらに数年後,AppleのiTunesがデジタル音楽市場を完全に制圧したことにより,EUの判断の妥当性に疑問が投げかけられた)。

 Microsoftは過去に,独占禁止法に抵触しているのではないかという懸念を抑えるために,Windows XPに変更を加えたことがあった。そして,それらの変更点はVistaにも受け継がれるようである。ユーザーは幾分シンプルなコントロール・パネルを使って,ビルト・インあるいはサード・パーティのアプリケーションが,Webブラウジングや電子メール,インスタント・メッセージング,メディアの再生など「ミドルウエア」の仕事を処理できるように,それらのアプリケーションを設定できるようになっている(面白いことに,Windows Vistaはこの点においてXPより優れている。Vistaには,一部のデジタル・メディア関連サービスへのシェル・リンクが内蔵されていないからだ)。

サード・パーティに屈しだしたVista

 Vistaの開発が終盤に差し掛かっていたころ,MicrosoftはVistaにさらなる変更を加えることに同意した。Vistaの完成が間近に迫っていた2006年の10月,Microsoftは主だった不満をすべて鎮めるため,Vistaに機能面での変更を加えると発表したのである。「Kernel Patch Protection」または「Patch Guard」と呼ばれるセキュリティ機能に関するポリシーを変更して,米Symantecや米McAfeeといったサード・パーティのセキュリティ企業が,起動時にVistaのカーネル部分にアクセスし,変更を加えられるようにする,と同社は話した。

 SymantecとMcAfeeはどちらも,前述したセキュリティ機能を声高に非難していた企業である。さらにMicrosoftは,Internet Explorer 7の検索機能にも修正を加えて,顧客がデフォルトの検索エンジンを簡単に変えられるようにし,アップグレードの際に既存の設定を維持できるようにした(お察しの通り,この機能について不満を示したのは,Googleだけだった)。そして最後に,Microsoftは競合するPDFフォーマットを開発している米Adobe Systemsからの苦情を受けて,自社の「XML Paper Specification (XPS)」ドキュメント・フォーマットを国際標準にすることに同意した(さらに,これに関連して,MicrosoftはOffice 2007からXPSを削除した。ただし,顧客はXPS出力アドオンを無料でダウンロードできる)。

 それ以降,Vistaは急速に完成へと向かっていった。Microsoftはほんの数週間後に同製品を完成させて,2006年の11月に企業向けバージョンを出荷し,2007年の1月末には消費者やその他のユーザー向けにVistaを出荷した。それにより,独占禁止法関連の問題には終止符が打たれると誰もが思った。Microsoftは,独占禁止規制当局とライバルの両方に対して大幅に譲歩したうえで,メジャーな新バージョンのWindowsを出荷したからだ。

VistaのInstant Searchに不満を示したGoogle

 だが,1つだけ問題があった。独占禁止法関連の問題には,まだ終止符が打たれていなかったのである。Googleが他にも不満を抱いていたことが,明らかになったのだ。裁判所の記録によると,Googleは2006年12月(Vistaの完成後)に,「Windows VistaのInstant Search機能は,独占禁止法に違反している」と米司法省(DOJ)にこっそりと不満を訴えた。2007年の6月まで公にされなかったこのGoogleの訴えは,様々な論争を呼んでいる。Googleは不満を内密に伝えて,2007年の4月までMicrosoftにその事実を隠していた。さらに,司法省の独占禁止規制担当の責任者であるThomas O. Barnett氏は,Microsoftの独占禁止法違反訴訟の和解にかかわった米国の諸州にその問題をそれ以上追及しないことを強要する,極秘の活動に手を染めていたようなのだ。

 この状況について,少し考えてみてほしい。過去に独占禁止法をめぐってMicrosoftと最前線で戦った司法省が,水面下で同社を助けるための活動を実際に行っていたのである。後になって分かったことだが,Barnett氏は,米国における独占禁止法訴訟の和解の際にMicrosoftの代理を務めた「Covington&Burling」という法律事務所に雇われていたことがあったのだ。「他の案件でMicrosoftの代理人を務めたことはあるが,和解の件に個人的にかかわったことはない」とBarnett氏は話している。さらにBarnett氏によると,彼は司法省の倫理担当者から,Microsoft関連の案件にかかわってもいいという許可を得ていたそうだ。だがこの衝撃的な事実は,Googleの件を無視するよう内密に要請されてショックを受けた米国の諸州に対しては,明らかにされなかった。

 実を言うと,米国の諸州はこの倫理面での明らかな失態に大きなショックを受けたことが原因で,Googleの訴えを必要以上に大きく取り上げた可能性があるのだ。大きな抵抗にあった司法省はその後,この件に関してはMicrosoftを支持するという自らの決定を覆して,諸州に協力するようになった。前例のないことではないが,司法省がこのように考えを変えるのは非常に珍しいことである。

 それでは,この訴えの内容はどのようなものなのだろうか。6月初めにこの話題が公表されたとき,その訴えは全く根拠のないものに思えた。筆者は実際に,WinInfo Daily Newsの2007年6月10付の社説で,その印象を書き綴った。だが今では,その訴えの内容について,さらに詳しいことが明らかになっている。「デスクトップ検索の歴史,そしてGoogleがインターネット検索の分野の独占を目指し,その独占をPCデスクトップの分野まで拡大しようとしている事実を考慮すると,Googleの訴えには根拠がない」と筆者は今でも考えているが,少なくとも私たちは,この件に関して全容を知ることができるようになったのだ。次に,Googleの不満の内容を紹介しよう。