2007年6月,YKK ファスニング事業本部情報システムセンターの富樫慶太IT基盤担当のもとに,海外現地法人の情報システム担当者から,次々とメールが舞い込んできた。同社が主要な現地法人72社を対象に毎年実施している情報システム調査の回答が返ってきたのだ。
今年は5月に調査票をメールで送付した。(1)情報システム化の変遷・歴史,(2)情報システムの全体俯瞰,(3)各システムの概要,(4)ネットワーク構成,(5)情報関連費用,(6)プロジェクトマネジメント,(7)情報システム組織・体制,(8)セキュリティ・リスク対策の8項目について,合計約120の質問を設け,回答を求めた。日本語版に加え,英語版の調査票も準備した(写真1)。
写真1●YKKは海外70カ国にある72社の情報システム部門に対して,それぞれの活動状況に関する調査を毎年実施している [画像のクリックで拡大表示] |
この調査の狙いは,各国の現地法人の情報システムに関する取り組みの実態を“見える化”することにある。回答内容は「情報化白書」と呼ぶ文書まとめ,次年度のシステム戦略に生かす。
システム標準化の動きは欧州から
YKKが現地法人の情報システムの実態を把握するために,このような大掛かりな調査を毎年実施することにしたのは,同社の生産拠点や販売拠点が世界中に広がってきたからだ。現在,同社の現地法人は日本,北中米,欧州から南米,アジア・パシフィック,アフリカまで70カ国にある。
特に,ジッパーやボタンを製造,販売するYKKのファスニング事業は,アパレル各社が生産拠点を海外に移すのに伴って,ますますグローバル化が進んでいる。しかもその歴史は古く,海外法人を設立したのは,1959年のニュージーランドが最初である。情報システムに関する取り組みも早く,ファスナー事業を手掛ける海外現地法人の基幹系システムの標準化に着手したのは88年9月のことだ。
それまでは各国の現地法人が個別にシステムを構築・運用していたため,そのコストが大きな負担になっていた。当時,欧州でシステムを担当していた,鈴木広利 情報システムセンター所長は,「欧州のシステム担当者が英国に集まった会議で,システムを標準化して構築・運用のコストを削減しようという議論になった」と明かす。
その背景として,「翌89年にベルリンの壁が崩壊したが,当時から今のEU(欧州連合)の構想が具体化する気運が高まっており,生産活動や販売活動が国境を越えて自由にできるようになる,という予測もあった」(鈴木所長)という。
YKKは,世界中にサポート拠点を持つ米IBMのAS/400(現在のSystem i)をプラットフォームに選定し,生産管理や販売管理などの機能を持つアプリケーション「HARMONY」を開発した。問題は開発体制である。当時は欧州の大規模な現地法人でも,システム担当者は3人程度しかいなかったからだ。
そこで,英国にあるYKKヨーロッパに,欧州各国のシステム担当者が集結して開発することを決定。92年7月のドイツを皮切りに,欧州各国の現地法人に導入を開始した(図1)。このHARMONYが,現在YKKが世界で利用している基幹系システムの原型となった。
図1●YKKは,欧州で開発した生産管理システムや販売管理システムのアプリケーションを“標準パッケージ”とし,これを改良しながら世界中の拠点に導入していった [画像のクリックで拡大表示] |
欧州以外の地域では,新たに一から標準システムを開発するよりも,欧州で開発済みのアプリケーションをベースにするほうが,コストが安く済むと判断した。2000年には,HARMONYをカスタマイズしたアジア向けの標準基幹系システム「Wave System」が稼働。同様にして,翌01年には米国向けの標準基幹系システム「NOVA」が稼働した。
アジアや米国にHARMONYをそのまま導入するのではなく,カスタマイズしなければならなかったのは,地域や国ごとに言語や単位はもちろん,生産業務プロセスなどにも異なる部分があるからだ。そのため,例えばHARMONYでは単一の工場の工程を管理するが,NOVAでは複数の工場にまたがった工程まで管理できる,といった違いがある。
アジアや中南米の一部の国の現地法人では,HARMONYをそのまま利用しているケースもあったが,ほかの拠点が標準システムを導入するのにあたって,それらの法人もWave SystemやNOVAに移行した。こうして,2005年にアルゼンチンにNOVAを導入したことで,標準システムの展開は一段落した。
ただし,例外もある。「カナダのように,標準システムと同等の機能を持つ独自システムをすでに使っていて,運用する体制が整っている法人には導入しなかった。標準システムの導入そのものが目的ではないからだ」(鈴木所長)。