Windows Vistaが発売されて半年余り。いわゆるボーナス商戦も近づいており,そろそろWindows Vistaパソコンを買おうと思ってもおかしくない時期である。しかし筆者は,パソコンの新調を思い浮かべると,どうも気持ちがウキウキしない。理由ははっきりしている。アプリケーションやデータの移行の「面倒さ」が,気持ちをなえさせるのだ。

 アプリケーションやデータを,Windows Vistaパソコンに移行する手間は,想像するだけで頭が痛くなる問題だ。移行作業は,新しいマシンにアプリケーションを再インストールして,マイクロソフト純正の「移行ツール」を使うだけでは終わらないだろう。古いパソコンの「Documents and Settings」フォルダの内容を,Windows Vistaの「Users」フォルダにコピーするだけでも済まないはずだ。

古いアプリケーションとデータはどう移行する?

 ユーザーを苦しめるのは,「古いアプリケーション」の存在だ。Windows 9x時代のアプリケーションの中には,そもそもWindows Vistaでは動作しないものもある。また,ユーザー・データを,ユーザーごとのフォルダ(「Documents and Settings」フォルダ配下)ではなく,ユーザー共通の「Program Files」フォルダに保存しているものもある。これらの古いアプリケーションをWindows Vistaに移行するのは,かなり厄介だ。

 例えば,古いパソコンの「Program Files」フォルダにあるユーザー・データをWindows Vistaに移行する場合,ユーザーはWindows Vistaのどのフォルダにデータを書き戻すべきなのだろうか。この問題の「正解」は,やや複雑である。

 問題を複雑にしている1つの要因は,Windows Vistaに搭載されているファイルとレジストリのリダイレクション機能だ。Windows Vistaは,アプリケーションが「Program Files」フォルダに書き込もうとするデータを,「Users」フォルダ配下にあるユーザーごとの「バーチャル・ストア」に飛ばす(リダイレクトする)。これは,「Program Files」フォルダにユーザー・データを書き込むような古いアプリケーションを救済する機能である。

 Windows Vistaでは,標準のユーザー権限で「Program Files」フォルダに書き込みができない。よって「Program Files」フォルダにユーザー・データを書き込むような古いアプリケーションは,本来であれば動作に支障が生じる。それを救済するために,アプリケーションによる書き込みをユーザーごとのフォルダにリダイレクトする機能が搭載されたのだ。

データをどこにコピーするのが正解?

 設問に戻ろう。古いパソコンの「Program Files」フォルダにあるユーザー・データをWindows Vistaに移行する場合,ユーザーがデータをコピーする先は,Windows Vistaの「Program Files」フォルダなのだろうか,それともバーチャル・ストアなのだろうか。はたまた「Program Files」フォルダにユーザー・データを書き込むような古いアプリケーションは,Windows Vistaに移行すべきではないのだろうか--。

 筆者が試してみた限りでは,ユーザー・データをWindows Vistaの「Program Files」フォルダにコピーしても,問題はないようだ。ただし,アプリケーションによってデータが更新されると,更新されたファイルがバーチャル・ストアに保存される。そしてその後は,バーチャル・ストアにあるファイルだけが更新されるようになる。

 ユーザー・データを直接バーチャル・ストアにコピーするのは難しかった。そもそもバーチャル・ストアは,Windows Vistaでは「隠しフォルダ」になっている。また,バーチャル・ストアにあるアプリケーションごとのフォルダは,アプリケーションによる書き込みが発生して初めて作成される。アプリケーションを使う前にバーチャル・ストアにファイルをコピーしようと思っても,目的となるアプリケーションごとのフォルダがないわけだ。

 ここまで読んで頭が痛くなった読者は,正常な感覚の持ち主だと思う。バーチャル・ストア問題を深掘りしていくと,「バーチャル・ストアに保存されたデータのバックアップや移行はどうすべきか」など,さらに頭が痛くなる問題が生じる。ここまで来ると「古いアプリケーションはWindows Vistaで使わない」のが正解ではないかと思えてくる(現実的な対策は「古いアプリケーションは『Program Files』フォルダにインストールしない」だろう。昔の一太郎の「JUST」フォルダや,Lotus製アプリケーションの「Lotus」フォルダの復活である)。

仮想化技術で解決できるハズなのに・・・

 そして筆者は,アプリケーションやデータの移行問題にあれこれ頭を悩ませるのを,極めて不毛に感じるのだ。なぜなら「仮想化技術」を使えば,古いWindowsのアプリケーションやデータを,簡単にWindows Vistaに移行できる「ハズ」だからである。

 まず,今まで使っていたWindowsパソコンのCドライブ全体を,イメージ・バックアップ・ソフトを使ってイメージ・ファイルとしてコピーする。次に,イメージ・ファイルを,マイクロソフト標準の仮想ハードディスク形式「VHD」に変換する。そしてWindows Vista上で仮想マシン・ソフトウエア「Virtual PC」を起動し,バックアップしたイメージ・ファイルをマウントして起動すればいい。こうするだけで,古いパソコンのアプリケーションを,OSやデータごとWindows Vistaへ移行できる「ハズ」なのだ。

 実は,このようなアプリケーションの移行手法は,サーバーの世界では珍しくない。ある大手コンピュータ・メーカーは,ハードウエアの寿命が切れた何百台というWindows NT Server 4.0を,こうして「VMware」の仮想サーバーに移行したという。技術的に難しい部分はほとんどない。

仮想化技術を使った移行を拒む「移管」条項

 しかし,ほとんどのユーザーにとって,仮想化技術を使った移行は「ライセンス上,不可能」である()。なぜなら,メーカー製パソコンにインストールされている「OEM版のWindows」や,パソコン自作ユーザーの多くが買い求めている「DSP版のWindows」は,ライセンスがハードウエアに紐付いており,別のマシンに「移管」できないからだ。

 ライセンスの移管とは,それまでソフトウエアをインストールしていた古いパソコンからソフトウエアを削除し,新しいパソコンにソフトウエアをインストールし直すことである。OEM版やDPS版ではない「パッケージ版のWindows」は,ライセンスの「移管」が可能である(関連情報:マイクロソフトのWebサイト)。高価なパッケージ版のWindowsを使っている少数派のユーザーは,胸を張って新しいパソコンにOSを移管できる。しかしパソコンにプリインストールされているWindowsはOEM版であってパッケージ版ではない。仮想マシンへの移管も不可能なのだ。

マイクロソフトも推奨する仮想マシンへの移行

 実は,Windows Vistaで古いアプリケーションを使うのに「Virtual PC」を活用するというシナリオは,マイクロソフト自身が推奨しているものでもある。マイクロソフトは,「ボリューム・ライセンス契約」で「ボリューム・ライセンス版のWindows Vista Business」や「Windows Vistaのソフトウエア・アシュアランス(SA)」を購入した企業ユーザーに対して,「Virtual PC 2007」と「Windows OSを同一マシン上で4個追加して利用する権利」を与えている。

 Windows Vista Businessには「ダウングレード権」が認められているので,ユーザーはVirtual PC上で,Windows XP/2000/NT 4.0/NT 3.5/98/95が利用できる。これら古いOS上で,古いアプリケーションをそのまま利用できるのだ。ちなみに,Windows VistaのSA価格は1万3100円(Open License時),SAと「ボリューム・ライセンス版のWindows Vista」を組み合わせた価格は3万5600円(同)である。

一般ユーザーにこそ仮想化技術の恩恵が

 最新のWindows Vista上で今まで使っていたWindowsパソコンがそのまま利用できれば,これほど楽なことはない。仮想化技術の恩恵は,企業ユーザーよりもスキルの乏しい一般ユーザーにおいてこそ,最大限に発揮されることであろう。

 しかし残念ながら,仮想化技術はライセンスの「くびき」に縛られており,多くのユーザーは手が出せない。

 もしマイクロソフトが,Windows Vistaへの移行を強く願うのであれば,仮想化に関するライセンス条件を緩和すべきだ。ユーザーは今よりも安心して,Windows Vistaへ移行できるようになる。

 もっとも,仮想化技術を使えばMac OS XやLinuxへの移行も容易になるわけで,マイクロソフトとしてはなかなかライセンスの緩和に踏み切れないとは思う。その辺りは「王者の貫禄」とやらを見せてほしいと思うのだ。

)Windows XPのCドライブをコピーして仮想マシンから起動した場合,「アクティベーション」の仕組みが働いて,OSを利用できなくなるだろう。しかしアクティベーションは,ライセンスを遵守させるための仕組みであり,ここでは「ライセンス上の問題」とした。実際,パッケージ版のWindows XPを他のマシンに移管した場合も,アクティベーションの問題が生じるが,マイクロソフトの「アクティベーション・センター」に電話をすれば問題を解消できる。アクティベーションは技術的な問題ではなく,ライセンス上の問題である。