筆者が4年間にわたって参加してきた「プロコン*1」を通しての様々な活動を紹介するこの連載。今回でいよいよ最終回です。前回は,筆者が所属する津山高専システム研究部*2が,2003年のプロコンでもろくも敗北したものの,様々な挫折と困難を乗り越えて,2004年のプロコンで再び最優秀賞・文部科学大臣賞を受賞してリベンジを決めるまでの過程を紹介しました。

 この最終回では,筆者が4年間にわたるプロコン生活の集大成として挑んだ,最後のプロコンへの取り組みと,その先のステップへ歩き出そうとしている筆者とシス研の姿を紹介します。

できたこと,できなかったこと

 2004年のプロコン第15回大会。“コミュニケーション”というテーマを題材にした作品「windWorks*3」でリベンジを決めたシステム研究部プロコンチームは,その喜びと感動を胸に津山へと戻りました。高専の友人たちは筆者たちを暖かく迎えてくれました。地元の新聞の取材も殺到しました。2度目の全国優勝も,小さな田舎の高専を包む,大きなニュースだったようです。

 それよりも驚いたのはインターネットでの反響です。このころはちょうどブログが爆発的に流行し始める一歩前で,自分の日記をネットに公開するというスタイルが広く浸透し始めている時期でした。Googleで作品名を検索すると,ほかの高専のプロコン参加者の人たちが,「windWorks」の感想や意見をいろいろと書いてくれていました。しかもプロコン本戦のほんの2,3日の間に。数年前では考えられない情報の速度です。部員全員でネット上のページをめぐりながら,ニヤニヤして喜んでいました。

 一方で筆者は,素直に優勝を喜びつつも,心のどこかにひっかかりを感じていました。今回の受賞は本当に自分たちが,進歩し,成長したたうえで勝ち取ったものなのか,よくわからなかったからです。最初のプロコンのように,たまたま偶然良い作品ができて優勝できたのなら,3年間同じチームで続けて挑戦してきた意味があまりありません。今や筆者はシス研の最上級生。卒業までもう先は長くありません。もしプロコンから学べたものがあるなら,それを良い形で後輩たちに伝え,受け継いでいってほしいと考えるようになりました。

 また,2004年に最優秀賞を受賞した「windWorks」は,筆者らの愛のこもった自信作で,思った通りに実現できたものの,やり残してしまったことがあると感じていました。それは実用性です。windWorksが提案したコンセプトは面白く,評価もしてもらえたのですが,製品として現実に使ってもらうにはまだまだ実用的ではありません。概念的にも技術的にも煮詰まっていない部分が多いwindWorksは,コンセプトを認めてもらうまでが限界でした。多くの人たちに利用してもらって,面白さを知ってもらえたわけじゃない――とても悔しい気持ちが残っていました。

 筆者には,自分が見つけた方向性は間違っていないという絶対の自信がありました。windWorksの目指す方向性の先にある,より実用的なものを創りたい。そんな想いが日々強くなっていきました。

ネタのすそ野を広げに

 2005年になり,高専の5年生に進級した筆者は,それまで興味も示さなかった「社会学」や「認知学」といった,一見コンピュータとは関係のない分野の勉強を始めました。というのも,前年のプロコンの経験から,面白い企画のタネは,IT業界とは全然関係のないところに転がっているということを,身をもって感じていたからです。

 windWorksの発想は,プロコン開発現場でのコミュニケーションのやりにくさから生まれたアイデアですし,「ウィンドウを投げる」という発想はアニメーション作品*4から生み出されたものです。「身の回りのできごとを,技術者の視点でじっくり眺める」ことが,面白い企画への第一歩なのではないかと考えるようになっていました。

 また,2度の最優秀賞受賞のおかげで,社会人の方々との接点や結びつきが深まり,いろいろな人とお会いして話す機会が増えたのも刺激的でした。あるとき,ある社会人の方から「Amazonの『あなたはこんな商品に興味があります』機能のアルゴリズムって知ってる?」という話をされました。筆者は「データベースに関連性をメタ情報として付加してるだけじゃないんですか?」と答えたのですが,どうやらすべてのユーザーの行動の集計から,統計的な手法で割り出しているらしく,関連性なんて登録されていない,というのです。

 一人ひとりの行動は意味を成さなくても,集まればユーザー全体の意思を生み出す。この話は,ちょうど勉強を始めていた社会学にそのまま通じるところもあり,筆者の頭から離れなくなりました。

インターネットに世界を創る

 「ひらめいた!」

 午前3時,筆者はふとんから飛び起き,枕元にあるアイデア・ノートに思いついたアイデアを書きなぐりました(図1)。このアイデア・ノートは,プロコンを始めてから書きとめているものです。枕元に常備して,いつもカバンに入れて持ち運ぶようにしています。

図1●筆者のアイデア・ノートに記されたメモ。「あいてのみちをたどる」「同時性をネットワークに」「気を感じたい」などの文字が見える
図1●筆者のアイデア・ノートに記されたメモ。「あいてのみちをたどる」「同時性をネットワークに」「気を感じたい」などの文字が見える

 このとき筆者が思いついたアイデアは「つながるWebブラウザ」でした。ブラウザそのものを相互に連携させ,様々な「Webブラウジング」という行動を共有して,ネット上でほかのユーザーを感覚的に感じることができるインターネット体験を提案する,新しいコミュニケーション・システムです。

 まず,ユーザーがあるページから別のページへ移動すると,そこに「エクストラリンク」という道が生まれます。そして多数のユーザーのエクストラリンクを総合すると,たくさんのユーザーが移動した「太い道」や,マニアックなネタ同士を結ぶ「けもの道」がネット上に生まれます。このエクストラリンクを地図のような形式で画面上に表現して,今見ているページと関連性の高いページや,人が多く流れたポピュラーなページを感覚的に理解できるようにしよう――というわけです(図2)。

図2●筆者らのアイデアを実現した第16回プロコン参加作品Antwaveの動作画面
図2●筆者らのアイデアを実現した第16回プロコン参加作品Antwaveの動作画面。基本的にはWebブラウザだが,青い背景の「エクストラリンク」が特徴
図2●筆者らのアイデアを実現した第16回プロコン参加作品Antwaveの動作画面。基本的にはWebブラウザだが,青い背景の「エクストラリンク」が特徴。道の太さはリンクをたどった人の多さを示す。黄色い箱は,今アクセスしているユーザー
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 この地図上には,ほかのユーザーの動きが表示されます。あるユーザーは,地図上で近くにいるほかのユーザーの動きを目で見て知ることができます。そのため,ネット上で誰かに「ばったり出会う」ことや,人がよく集うサイトに「人ごみ」を作り出すことができます。自分がよく訪れるサイトでは,どこに行っても同じ人に出くわす…といった場合,もしかするとその人は,自分と気が合う人なのかもしれません。メールやメッセンジャ機能を搭載すれば,気軽にコンタクトを取って「声をかける」こともできそうです

 また,「シェアブラウザ」という機能も思いつきました。遠隔地にいる複数のユーザーと一つのブラウザ画面を共有し,インターネットを「誰かと一緒にめぐる」といった使い方ができます。参加人数分のマウス・ポインタを表示して,誰かがリンクをクリックすれば全員のページが移動する。いわばインターネット世界全体を使った,SNS*5やMMORPG*6のようなものでしょうか。

 これなら,「ネット上に作り出した世界を共有する」というwindWorksの方向性と,ブラウザとしての実用性を融合させることができそうです。筆者は一気にノート10ページほどに企画をまとめて,ふとんに戻りました。

 次の日,学校が終わるとすぐに部の後輩へ企画を説明します。「どうかな?」と部員に聞くと「やばい!面白いですね,つくりましょう!」と勢いの良い返事。みんなで,あーでもない,こーでもないと企画を煮詰める中で,ネット上の面白い情報に,まるでアリが列を成すかのように群がるイメージから,この企画に「Antwave(アントウェーブ)」という名前を付けました。