Software as a Serviceの略。「サービスとしてのソフトウエア」と訳される。本用語の発祥の地である英語圏では「サース」という読み方が一般的である。コンピューターに仕事をさせるためのソフトウエアをパッケージ製品として購入し自ら所有・管理するのではなく、通信ネットワークを経由してソフトウエアの機能だけを「サービス」として利用する形態を指す。

 ごく身近なSaaSの例として、電子メールを挙げたい。「電子メールを送受信し、保管する」という目的を達成する方法は大きく二つある。企業においては、パソコン上に導入されているメール閲覧用ソフトウエアを使うことが多い。やりとりした電子メールは自分のパソコンと企業内のコンピューターに保存される。

 これに対し一般消費者は、ヤフーやグーグルといった企業が提供しているインターネット上のメール・サービスを利用することが多い。後者がSaaSの一例と言える。利用者はメール閲覧用ソフトを所用せず、ヤフーやグーグルが自社のデータ・センターに用意した同様の機能を、インターネット・ブラウザを介して利用する。電子メールは自分のパソコンにも格納できるが、ヤフーやグーグルのセンターに保存することが一般的である。

 SaaSという言葉に馴染みがなくとも、知らず知らずのうちにSaaSが定着し、その恩恵に浴していることが分かるだろう。近年、このようなソフトウエアの利用形態が、消費者向けに限らず、営業活動の支援、財務会計、人事給与、調達といった、企業の業務を処理するソフトウエアにも広がりつつある。電子メールのような一般消費者向けSaaSは無償のものが多いが、企業向けSaaSは原則有償で、企業は月額使用料を支払う。

 SaaSが注目されているのは、ソフトウエアそのものを自ら所有・管理するより、メリットが多いと期待されているからだ。まず、すでに出来上がっているソフトウエアを利用するので短期導入が可能になる。企業はインターネット・ブラウザが入ったパソコンを用意するだけでよく、ソフトウエアを保有する場合に比べて維持・管理コストを削減できる。また、多額の設備投資を行うのではなく月ごとに料金を支払うので、費用の平準化や固定費の変動費化を進められる。

 ただし、出来合いのサービスを使うので、企業独自の業務プロセスと合わない場合がある。また、初期投資は少ないものの、利用状況に応じて費用負担が増えるため、「思ったよりコスト高になるのでは」と懸念する顧客企業は多い。さらに、自社が取り扱うデータの管理を、SaaSを提供する外部企業に委ねることへの抵抗感も根強い。

 日本においては、SaaSの業務利用はまだ主流とは言えない。ガートナーが2006年10月に実施したユーザー動向調査によれば、国内におけるSaaSの利用状況は、財務会計や人事給与といった比較的利用度が高い業務用途でも二割未満であった。しかし、SaaSには様々なメリットがあるため、ガートナーでは今後企業での利用が着実に広がっていくと見ている。企業は、ビジネスにおけるSaaSの戦略的活用を検討すべき時期を迎えていると言えるだろう。

 少々厳密になるが、ガートナーではSaaSを以下のように定義している。

●業務用ソフトウエアが、1社または複数社のサービス事業者によって利用企業の社外で所有され、管理される。

●サービス事業者は、契約した顧客企業に対し、共通のソフトウエアをサービスとして提供する。サービス事業者と契約した顧客企業の関係は「1対多」となり、これを「マルチテナント・モデル」と呼ぶ。一つの大きなビルの中に、複数のテナントが入居しているイメージである。

●価格体系は従量制またはサブスクリプション制(一定期間の定額制)で、毎月支払う契約が一般的である。

 世界的に見ると、相当数の顧客企業を抱えたSaaS事業者が登場している。主要企業の社名と業務内容を挙げると、Salesforce.com(営業支援と顧客関係管理)、NetSuite(財務会計や電子商取引を含む業務全般)、Rearden Commerce(調達)などがある。

 これらの先行企業のSaaSに共通して見られる特徴は以下の通りである。

  • 機能が充実しており、提供されるサービスのほぼそのままで、企業が求める要件のかなりの部分に対応できる。
  • 単発の業務ではなく、業務プロセスに重点を置いている。つまり、1回限りのタスクの処理ではなく、包括的なサービスの購入を必要とする顧客企業をサポートしている。
  • 消費者向けインターネット・サービスと同様に使いやすい。
  • 自社の業務プロセスに合わせて、十分なカスタマイズ・設定を行うことができる。
  • 既存の情報システムや他の業務用ソフトウエアとの統合が可能である。
  • 一種の「プラットフォーム」を提供している。プラットフォームとは、他のソフトウエア会社が様々な追加機能を作成し、独自の業務用ソフトウエアとして提供できるような舞台のこと。顧客企業はこうした追加機能を必要に応じて選択し、追加サービスとして利用できる。
  •  なお、2000年前後から2004年にかけて、「ASP(アプリケーション・サービス・プロバイダー)」という言葉が使われた。今でもASPという用語は使われており、また、「オンデマンド」という呼び方もある。ガートナーは、ASPの延長線上にSaaSがあると捉えている。ASPという言葉を知っている経営層や管理職の方に対しては、「SaaSはASP2.0(第2世代のASP)」と説明すると分かりやすいようだ。延長上にあるとはいえ、新しい呼び名が必要になったのは、SaaSがインターネットの進化に呼応した、上述した新しい特徴を備えているからである。

    本好 宏次=ガートナー ジャパン リサーチ部門
    エンタプライズ・アプリケーション担当 主席アナリスト)