廉宗淳 (ヨム・ジョンスン) イーコーポレーションドットジェーピー代表取締役社長1962年韓国ソウル市生まれ。ソウル市公務員などを経て、1993年、韓国でソフトハウス、ノーエル情報テックを設立。2000年に日本でイーコーポレーションドットジェーピー株式会社を設立し、代表取締役に就任。聖路加国際病院ITアドバイザー、佐賀市の電子政自治体コンサルティングなどを行う。著書に『「電子政府」実現へのシナリオ 「ネット先進国」韓国に学ぶ』(時事通信社)。現在は青森市情報政策調整監も務める。 |
地方経済の低迷による税収の急減、高齢化による福祉関連予算需要の急増、中央政府からの交付金の削減など、現在、自治体が直面している現実は厳しいものである。そのうえ、いわゆる団塊世帯の退職ラッシュにより、自治体内部で業務知識に熟練している公務員が急激に減っていく。このような状況の中、行政業務の効率化、コスト削減、そして住民の行政サービス向上のために、これまで以上に電子自治体の成果が問われることになる。
このような電子自治体への要望を実現するには、ITに関して優れた能力を持ち、ITを行政改革のツールとして使いこなせる優秀な公務員の確保こそが、重要な課題であると言える。
筆者がこれまで情報化のコンサルティング業務などで自治体に接してきたが、日本の自治体職員のIT教育には物足りなさを感じる。そもそも公務員はITの専門家ではないのだから、自ら進んで勉強しない限り情報システムに関する知識を身につけることは不可能に近い。きちんと知識を身につけないで、ITで商売をしている賢いベンダーと闘いながら、最適な電子政府・電子自治体を企画、立案し、推進していけると思っているのであれば、それはまったくの無知の産物であると言わざるを得ない。また、努力を重ねてある程度の情報技術を身につけたとしても、たび重なる人事異動により、せっかく培った能力を生かせる機会も失ってしまうのが現実であった。
電子自治体推進への主役である、自治体職員のITリテラシーを向上し、未来志向の電子自治体を構築するためには、公務員のIT教育や職制そのものを変えて行かなければならない。それを考えるきっかけになればと思い、筆者は自治体にアンケート調査を行った。2006年12月から2007年1月にかけて、早稲田大学大学院電子政府・電子自治体研究所(所長:小尾敏夫教授)の調査として実施したもので、31市から回答を得た。
今回のアンケートに回答した自治体はあくまでも自主参加であり、正確な統計を取るために自治体をサンプリングしたわけではない。このため、アンケート結果だけを見て日本の自治体全体の傾向であると断定するのは的確ではないと思うが、職員教育についての設問から見えて来た結果と問題点について述べていきたい。
能力不足は明らか、公務員のIT人材強化は急務
IT専門家が不足しており、電子自治体推進に関して体系的な教育を受けたことがない――、これが電子自治体推進に最も重要な役割を担っている自治体の主管部署の実態である。
調査では、回答した31団体中20団体が特別な専門教育を実施していなかった。実施していたケースも、ほとんどが総務省等が主催する無料セミナーに参加する程度であった(表1)。電子自治体推進に関しても、ほとんどの回答者は体系的な教育を受けたことがないと回答している(表2)。これでは、電子自治体が与えてくれる恩恵が何なのかを見据えてのビジョンや目標が的確に定められるわけがない。
表1●情報政策(情報システム)部門の職員向けの専門的な教育制度があるか
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表2●電子自治体推進について体系的な教育を受けたことがあるか
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調達においては、自治体職員自らが適正な価格を算定する能力がないことも明らかになった。今回アンケートに答えた31団体のうち、ほぼ全部といえる29団体が、「ベンダーからの見積もりを基本として、適正価格を算定する」と回答したことは、非常に重く受け止められるべきだ(表3)。「Function Point法」などを導入し、適切な予算額を算定できる能力を鍛えるべきであろう。また、専門的な分野の担当者として、自前でシステムを開発するならシステム開発能力を、外部委託をするならプロジェクト管理や外注管理のための能力を、備えておくべきだと思われる。現在、IT関連の資格を取得している職員はごく少数にとどまっている(表4~8)。
表3●自治体のIT関連調達の際に適正な価格を算定する方法は
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表4●情報処理技術者資格を持っている人が部署内にいるか
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表5●PMP資格を持っている人が部署内にいるか
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表6●ITIL資格を持っている人が部署内にいるか(単位:団体
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表7●Oracleなどリレーショナルデータベース管理システムの関連資格を持っている人が部署内にいるか
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表8●上記以外にその他のIT関連資格を持っている人が部署内にいるか
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もちろん、自治体側もこのままでよいと思っているわけではない。体系的な職員IT教育やIT専門職の設置について、多くの自治体は「必要である」と考えている(表9~11)。また、「成功的な電子自治体構築」と「公務員の情報技術力量」の相関関係については、31団体の中で26団体が「相関関係あり」と答えている(表12)。
ただし、体系的な職員IT教育やIT専門職の設置について、必要性は感じるが、現実的な様々な問題を乗り越えられないというのが現状のようである。アンケートの自由意見を見てみると、「必要性について理解はできるが、研修等にかける経費について財政的余裕がない」「必要性は痛感するが、ITへは口先だけが先行し行動や予算配分が伴わない」「理想的にはそうだが、小規模自治体でそのような人材を確保するのは困難」「財政状況を考えると研修等への参加はなかなか難しい」「専門職制が導入出来るのであれば、そうすべき」「必要性は感じるが、人員圧縮策が優先されている現状では難しい」といった意見が目についた。
表9●自治体側のトップから担当職員に至るまで、それぞれ必要な情報技術を身につけるための体系的な教育制度は必要か
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表10●異動のないIT専門職を新設し、継続的にシステムに関する知識を蓄積できる体制は必要か
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表11●情報政策関連の職員に関しては、専門的な知識を身につけられる教育体系の成立が必要だと思うか
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表12●「成功的な電子自治体構築」と「公務員の情報技術力量」は相関関係があると思うか
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電子自治体を構築していくに当たっては、公務員が主体となり推進するべきである。自治体職員は、そのための能力を身につけていかなくてはならない。上記調査結果からは、自治体の情報政策部門もそのように考えていることがうかがえる。様々な「できない理由」を乗り越え、IT教育の制度やIT専門職制度の新設など、公務員のIT人材強化のための抜本的な対策を講じるべきだ。世の中を変えていくのは人間であるが、その人間を変えられるのは教育なのである。