本稿は2003年12月に発行された日経ビズテックのテスト版『経営+技術』に掲載された『納税者番号なくして税制改革なし 制度と情報システムを議論する時』を再編集し、再掲したものです。3年半ほど前に書かれた論文ですが、番号制度を議論するたたき台として、今日でも参考になるものです。


 わが国には幾つかのタブーが存在する。その一つが「納税者番号制度」である。1983年に、グリーンカードと呼ばれた納税者番号制度の導入が土壇場になって打ち切られて以来、納税者番号制度が表立って議論されることはなかったと言ってよい。タブーになってしまったのは「納税者番号は、国民総背番号の導入につながり、国民のプライバシーが侵害される」と指摘する声があるからだ。

 しかし、強い反対意見があるからといって、納税者番号制度の議論すらできないという状況はいかがなものか。わが国の重要テーマである税制改革を検討するときに、納税者番号制度を避けて通るのはナンセンスである。

 納税者番号により、所得の捕捉が徹底できれば、相当な税収増となる。捕捉されていない資金の規模は一説によると、国民総生産の3分の1、150兆円とされる。このうち1割でも捕捉できれば、税率20%として3兆円の税収増が見込める計算になる。そもそも郵便貯金の口座が定額貯金だけで4億口以上もある状況を放置することは、税の公平さを欠く。もちろん、税収増との兼ね合いで所得税率の引き下げを検討すべきである。

 このように番号制度は、税制の基盤になりえる。納税者番号制度の利点と課題、納税者番号を導入しつつ国民のプライバシーを守る仕組みの検討と議論を、開かれた場所で進めるべきであろう。

 本稿は、納税者番号制度がもたらす可能性と、その実現に不可欠な情報システムの検討課題とをまとめたものである。あくまでも議論のたたき台であり、本稿を契機に、納税者番号制度に賛成する方、反対する方を交えて活発な議論が交わされることを期待している。

なぜ番号が必要か

 納税者番号制度の狙いは、法人・個人を問わず、個別の番号を割り当て、番号と情報システムを使って、課税対象となる所得を正確に把握することにある。なぜ納税者番号を使うと所得の捕捉が徹底できるのか。

 実は、既存の口座番号や住所だけでは、法人や個人のお金に関する取り引きを把握できない。現存する銀行口座のおそらく半数近くは、本人確認をしないで作られている。つまり名前や住所が正確ではない。このため、名前や住所を使って、特定法人や個人の取り引きを集計することができない。

 これに対し、納税者番号を導入すると、その番号を使って関連する取り引きを集約できる。実際の運用は次のようになる。原則として企業が他社他人に金銭・財貨を移転する場合、支払人は支払いに関する支払証憑(しはらいしょうひょう)と総称する書式群に、支払先の納税者番号を記録する。できれば個人が郵便貯金の口座からお金をどこかに移転する場合も、相手先の納税者番号を記載する。

 金融機関や郵便貯金は、納税者番号が振られた支払いデータを国税庁に渡す。国税庁は納税者番号を使って、ある支払先が受領した金銭・財貨を集計できる。これを名寄せという。また、税務当局に通知義務のある取引に関して、納税者は一定期間分をまとめて納税者番号を付記した上で通知する。通知を受けた税務当局は、通知内容と当該番号の納税者の申告内容とを情報システム上で付き合わせて機械的に確認できる。

 以上の仕組みを導入すると、本人名義でない口座を使って所得を隠すことが難しくなる。特定企業の間で見かけ上の受発注を繰り返してお互いの利益を減らすといった行為も見つけやすくなる。この結果、冒頭に述べたように、所得の捕捉率が上がり税収が増えることが期待される。