安倍晋三首相は先頃、年金や医療に関する情報を正確に管理するために、社会保障番号制度の導入を検討することを表明した。一方で、所得情報を正確に把握する納税者番号制度についても取り沙汰されるようになった。

 社会保障番号制度も納税者番号制度も、国民一人ひとりに番号を振って管理するという点では同一の仕組みである。実は、こうした仕組みの導入は、1983年のグリーンカード以来、何度も議論されており、その都度立ち消えになっている。

 立ち消えになる理由は、所得情報を正確に把握されると困る人達が一定数存在することだが、これに加え、「番号制度の導入はプライバシーを侵害する監視社会を作り出す」と真顔で主張する人達がいるため、冷静な議論がしづらくなっている。

 今回は、年金問題と絡めて番号制度の議論が行われようとしており、またまた混乱する可能性がある。そうならないことを期待して、2003年12月15日、日経ビジネスEXPRESSに公開した『国民総背番号制度を冷静に考える』というコラムを再掲する。


 実施に向けた議論が一向に進まない国民総背番号制度について、冷静に考えてみたい。背番号制度の導入については、「プライバシーを侵害する監視社会を作り出すものだ」として反対する声が大きい。

 しかし、どんな制度や仕組みであろうとも完璧なものなど存在しない。まずは利点と欠点をそれぞれ列挙し、トレードオフを考えるべきであろう。背番号制度の利点ばかりを強調する人も、欠点だけを指摘して反対する人も、トレードオフの概念が欠落しているところは一緒である。

 国民総背番号制度とは、国民一人ひとりに固有の番号を振り、この番号を使って様々な業務を効率的に処理しようというものだ。公的業務なら、税金をより正確に徴収したり、地方自治体の業務を効率化したりできる可能性が大きくなる。民間企業も背番号を利用できれば、様々な新サービスの開発を進められる。

 経済同友会は1996年6月に発表した「志ある人々の集う国」という提言の冒頭で「個人を単位とした健全な社会システムを構築する」ために、「住民ID制度(いわゆる住民総背番号制)」の導入が必要、と述べた。当時は、住民基本台帳法の改正案が審議中であったので、同友会は住民票コードの活用を提案していた。すなわち、現在の住基ネットの番号を利用する案であった。

個人の信用状況などを公的に証明できる

 背番号と健全な社会システムと、どのような関係があるのか。同友会の提言では次のような主張がされている。人の流動化が進み、社会の基本単位として個人の重みが増す。そこで不正を排除するには、個人に対する公的な証明手段の確立と、税金・年金・各種免許に関する個人情報の的確な把握が重要になる、というものである。こうしたことの実現手段が背番号制度という位置付けだ。

 確かに、背番号を使って複数のコンピューターシステムを検索していくと、特定個人を巡るお金の流れなど、個人情報を正確に把握できるようになる。そして、その情報を基に、個人の信用保証が可能になる。つまり、「この人はきちんと納税し、年金も払っている」という証明を出せる。

 既に米国では、個人の銀行、クレジットカード、ローンの取引状況をまとめておき、信用情報として提供するサービスがある。これらは、社会保険番号(ソーシャル・セキュリティー・ナンバー)という事実上の背番号を使って、取引情報を集約している。こうした仕組みがあれば、新しい金融商品を販売している企業などは、相手の信用情報を確認したうえで売り込むことができる。

 しかし「個人情報が漏れ、プライバシーの侵害になる」「政府が個人を監視できるようになる」といった懸念が出てくる。このため、先の提言の中で同友会は、背番号制の導入に当たって「個人のプライバシーが侵されないような配慮が必要であることは当然」と付記している。

 背番号に反対する向きは、「いったん背番号を導入してしまったらプライバシーが侵害される危険が必ず残る。だから絶対反対」と主張する。厳密に言うと、「個人情報の漏洩」と「プライバシー侵害」は同一の話ではないので、以下では個人情報の漏洩という表現を使う。