今までのキヤリアはIT(情報技術)の仕事ばかりではないので、私は一般的なIT部門出身のCIO(最高情報責任者)と比べるとビジネス戦略に強いといえるかもしれない。特に1992年に予算3億ドルの世界的なビジネスの管理責任者を担った経験が、ビジネスパーソンとしての考え方を広げてくれた。それまではプリンターのトナーに関する化学的な研究をしたり、商品開発にかかわってきたが、管理職として会社全体で価値の連鎖がどのようにして起こるかを直接学ぶことができた。

 ITのアプリケーションやインフラは会社全体を支える。だから、この時の経験がCIOの役割に大いに役立つ。ITを1つの道具として、どうやってビジネス戦略を調整したり支えたりできるか。新技術によってビジネスモデルをどう改善するか。ビジネス戦略とIT戦略はいつも一緒に考えている。

ジェーン・ホレン氏
ジェーン・ホレン氏
米コネチカット州スタンフォードに本社を置くゼロックスは、複写機の名門であり、オフィス文書ソリューションの大手企業。2000年に経営危機に瀕ひんしたが、新CEOのアン・マルケイヒーの下、V字回復を遂げた。従業員数は世界各国に約5万8000人。日本に関連会社の富士ゼロックスがある

 以前のIT組織は世界中にばらばらに分散していた。5年前に中央集権化し、シナジー効果を高めやすくした。ただし完全に1カ所に集めるのではなく、ある程度の広さの地域内では直接的なやり取りを残したかったので、IT組織を北米担当、西欧担当、発展途上地域担当の3つに分けた。発展途上地域には、アフリカや中南米、東欧、インド、ロシアなど約130カ国を含む。

 各地域担当部門の中にビジネスの上級管理者と情報責任者たちが参加する委員会を作り、IT戦略や事業の優先順位などを検討。また各地域ごとに、財務やサプライ・チェーンなどの業務単位で情報責任者を置いている。だからこそ、業務の種類と地域の特性に応じた顧客ニーズの違いを深く理解できるし、一番適したITツールを作れる。

 各地域の情報責任者たちは私に報告し、私はビジネスグループ運営担当プレジデントのウルスラ・バーンズに報告し、彼女はCEO(最高経営責任者)のアン・マルケイヒーに報告する。現在IT組織には3400人のスタッフがいるが、多くはITアウトソーシング会社からの派遣人材だ。当社のIT組織は「拡張企業(イクステンディッド・エンタープライズ)」と呼ぶ組織モデルを採用している。ゼロックスを単なる1企業として捉えるのではなく、複数のパートナー企業まで含めて1つの企業体と見なし、そのうえで世界的に見て最も効率的に業務活動をできるようにしたり、付加価値の高い製品やサービスを提供できるようにするのだ。

 パートナーから何らかのITサービスを購入する際は、ゼロックス側の誰かを責任者として指名すべきだ。そして、業績など測定可能な成果を出すことに対し、責任を負わせる。実は、何回か明確な成果が出なかったIT案件があるのだが、誰も責任を取らず、互いに責任をなすりつけ合ってしまった。だから、チームワークも大切だが、私は「箱の中に名前1つ」という考えをIT組織に推進する。

昼休みにも学べる環境作りを推奨

 IT組織を強くするために、ITスタッフに年間10日以上の研修を受けさせている。これは単なる研修ではなく、もっと幅広い意味を持つ“ラーニング”である点を強調したい。例えば、営業や商品開発など自分と違う職務の社員と一緒に1日を過ごしたら、研修としてカウントする。また、「ランチ・アンド・ラーン」という月例プログラムがある。参加者は弁当持参で、多様な職務の社員やITベンダーの話を気軽に聞く。これらの目的は、ゼロックスの様々なビジネスに詳しく、会社の業績への貢献を優先的に考えられるITスタッフの育成だ。もちろんITの専門研修もある。

 さらに、(トヨタのリーンな考え方をシックスシグマと融合させた)業務改善手法「リーン・シックスシグマ」を導入することによっても、IT組織を強くしてきた。リーン・シックスシグマを使えば、あらゆる業務プロセスから無駄なステップを削減したり、作業品質の悪いステップを改善できる。これは様々なITプロジェクトに適用できる。

 今後は、社内で使うITの標準化をもっと促進する。中核事業の複写機業界は競争環境がすごく早く変化しているが、業務プロセスとそれを支えるITには標準化の余地がある。難しい点は、ビジネスモデルが変わってしまっても、アプリケーションやインフラにあまり手を入れずに済むようなIT環境を築くこと。世界中の社員が協力して働ける環境作りを実現することが、CIOにとって最も重要な仕事の1つなのである。

ジェーン・ホレン氏 米ゼロックス 上級副社長 兼 全社CIO
1955年米ニューヨーク州生まれ。ロチェスター大学で化学を専攻。1977年にゼロックスに入社。印刷システム商品のソフトウエア・エンジニアや部門CTO(最高技術責任者)などを歴任し、2004年3月から上級副社長、2006年4月から全社CIO(最高情報責任者)。