プロジェクト内の人間関係にごたごたがあると,プロジェクトマネジャといえども視野が狭くなることがある。こういうときPMOは,コンサルティングやカウンセリングのスキルを使って人間関係の調整役を務め、プロジェクトマネジャが的確な意思決定をできるように支援する必要がある。

高橋信也
マネジメントソリューションズ 代表取締役

 あるプロジェクトで,PMOからの提案にプロジェクトマネジャは怒りを爆発させました。もちろん、PMOとしてはプロジェクトの状況を精査し,ぎりぎりの妥協点を提案したわけですが、プロジェクト内の不和が一因となってプロジェクトマネジャが強く抵抗したのです。

プロジェクトマネジャ:「いまさらスケジュールを遅らせるなんて,問題を起こしたチームの責任はどうなるんだ?」

PMO:「全体の納期を変えるのではなく,後続作業に影響しない一部の作業を後回しにするだけです。他チームに影響のある作業に集中し,プロジェクト全体の遅延を回避しようという提案です」

プロジェクトマネジャ:「そもそも遅れているチームのリーダーは,『絶対に遅れずに完了する』と豪語していたではないか。遅れたから『はい,リスケします』では,他のチームに示しがつかないだろう。そんなことじゃ,プロジェクトをまとめることなんてできない。それに,一部の作業を後回しにしたところで,それ自体が遅延したらどうするんだ!」

 自らのリーダーシップに自信を持つプロジェクトマネジャは,妥協そのものがプロジェクト全体に悪影響を与えると考えています。このままPMOとプロジェクトマネジャが押し問答を繰り返すだけでは、状況は悪化するばかりでしょう…。

プロジェクトマネジャを動かすには,どうすべきか?

 いくら管理プロセスを徹底し,プロジェクトを可視化したところで,それだけではプロジェクトの遅延を回避できません。プロジェクトメンバーの力量やプロジェクトマネジャのマネジメント力なくして,プロジェクトは成功しません。前回のコラムで「プロジェクトマネジメントの生産性を上げる」ことがPMOの責任範囲であることについて述べましたが,プロジェクトマネジャの意思決定を促進させることは,その最も重要な責務の一つだと考えています。

 意思決定を促すためには,何が必要でしょうか。細かな進捗状況の報告や遅延している課題件数を報告することが,意思決定を促すことにつながるでしょうか。それらの情報だけでもプロジェクトの状況を把握し,判断できるかもしれません。しかし,プロジェクトの遅延や品質悪化の改善に向けた報告は,各チームからの報告内容をそのまま伝えるだけではほとんど何の役にも立ちません。

 報告の流れとしては,一般に「問題の背景」→「問題の源泉(なぜその問題が起きたのか?)」→「問題の解決策」となります。「問題の源泉」はロジックツリーなどを使って論理的に説明すると分かりやすいと思います。また,「問題の解決策」として複数の案を出しておくと検討しやすい。それぞれのメリット,デメリットを併記するのもよいでしょう。

 ただ,いくら立派な報告内容であっても,最後はプロジェクトマネジャの腹一つで決まるところもあります。冒頭のやり取りのように,チームに対するプロジェクトマネジャの不信感が根強いと,論理的な説明だけではなかなか納得してもらえません。

 かといって,遅延を生じさせたチームリーダーを前面に出し,その責を問うたところで,事態が好転するでしょうか。プロジェクト全体の要員確保の問題や全体のマスタープランが厳しすぎたという問題もよくある話ですから,チームリーダーだけに責任を問うわけにはいきません。

 この場合,プロジェクトマネジャを説得し,チームリーダーに新しいスケジュールの順守をコミットさせるには,PMOが両者の間に立ち,調整役に徹すべきと考えます。

「組織の潤滑油」「教父」の役割が必要

 最もレベルの高いPMOは,人間関係の調整役までこなすPMOだと思います。特に,PMOの責任者であるPMOリードは,コンサルティングやカウンセリングのスキルを持つ必要があります。特殊なスキルというわけではありません。「組織の潤滑油」として存在感があればよいと思います。表立って話せない内容の相談を受けるようになると,公式な報告書や会議から読み取れない現場の実情が理解できるようになります。その内容を踏まえて,プロジェクトマネジャに進言したり,各チームと調整したりすると,組織の一体感が生まれ,自然とプロジェクトマネジメントの生産性が高まってきます。

 ピーター・ドラッカー氏は1980年代の日本企業の研究の中で,次のような考えを示しています。日本企業では,ミドルマネジメント層の間で最も尊敬されている人々は「教父」と呼ばれ,社内の若い人々の面倒をみる。欧米の企業では古参の相談相手の役割を演ずるものがおらず,真の人間的な接触が欠如しており,離職率が高くなっている。日本では,硬直した制度の非人格的形式性のために,ずっと昔から,こうしたしくみを提供しなければならなかった――としています。

 これは日本企業の経営の話ですが,日本企業のプロジェクトマネジメントの現場でも,この「教父」役が求められていると感じます。その役割を担うべき者は,それこそPMOなのではないでしょうか。

高橋信也(たかはししんや)

 1972年福岡生まれ。修猷館高校を卒業した後,上京。上智大学経済学部卒。ゼミは組織論,日本的経営の研究。大学卒業後,アンダーセン コンサルティング(現アクセンチュア)入社。CやC++によるプログラミングから業務設計まで幅広い工程を経験した後,2001年よりキャップジェミニのマネジャとして経営管理・業績管理のコンサルティングプロジェクトに携わる。

 コンサルタントとしての外部の目からだけではなく,内部の目でマネジメントを経験したいとの思いから,SONY Global Solutionsへ入社。その当時,最年少プロジェクトマネジャとなる。グローバルシステム開発プロジェクトのPMOリーダーとして活躍。インドにおけるオフショア開発を経験。

 コンサルテーションから,自社開発のソフトウエア提供,改革実施後のチェンジマネジメントまで,「知恵作りのマネジメント」を支援するマネジメントソリューションズを設立し,現在に至る。連絡先は info@mgmtsol.co.jp