前回に引き続き,W氏の案内によるG社の工場見学です。G社は「水」を会社の重要戦略に位置づけている企業であり,W氏はその技術者です。

 洗濯機の説明を一通り受けた後,次は赤外線装置を組み合わせた「水」の管理へと話が移りました。W氏の説明によれば,トイレやキッチンなどの水まわりは,いまやITの先端技術が集約されているところなのだそうです。デパートのトイレなどで人が近づくと自動的にバブルが開き,離れるとバブルが閉じる装置は,赤外線装置の技術革新によって半年ごとにコスト・リダクション(原価低減活動)(注1)が行なわれています。

「水まわりの付加価値は年々高まっているのに,当社の製品価格は値上げするどころか,値下げを余儀なくされます。技術革新というのは厄介なものです」
W氏は肩をすくめてみせました。

 ひと昔前は赤外線を常時放射しておき,それを人体が遮(さえぎ)ることによって水を流す手法が主流でした。いまは人体から出る遠赤外線をセンサーの側で感知して,バブルを開く手法が主流だそうです。

「人体から発せられる遠赤外線を感知する技術は,いまや水まわりにとどまりません。ほら,あそこにある自動ドアや,セキュリティ・システムなど,遠赤外線のシステムは広範囲な場所に普及しているんですよ」
なるほどぉ。遠赤外線の利用がコストのリダクション効果を劇的に変化させている,と言えるでしょう。

 社会に普及している製品でさえそういう機能を備えている時代なのだから,G社の工場内における工程管理はもっと徹底しています。水漏れを自動的に感知したり,自動バブルを使って水流調整を行なったりするのは当たり前。

「ただし,生産ラインや検査ラインでいくら自動化を進めても,人手が介在するところでは,何でもかんでも,うまくいくわけではありません」
W氏が指し示した先に,水道栓に繋がれたホースがありました。生産現場の床や機械装置を洗浄するのは結局,人の手によるものですから,ホースに頼らざるを得ないようです。

 筆者が屈(かが)んでホースを持ち上げると,その先端にはハンド・バブルが取り付けられていました。バブルを閉じたときにホースに水圧がかかり,それをセンサーが感知して,水道栓を閉じるという仕組みです。へぇ,これもIT時代ならではの技術ですね。

「ところが,タカダ先生,洗浄作業を行なうにあたっては,水圧を測定するだけではダメであって,ブラッシングも重要な作業になるんですよ」
W氏が手にしたブラシの先端がこれまた凄(すご)い。ブラシにかかる水圧によって,水量が自動調節される仕組みです。

「水が跳(は)ねると,かえって洗浄能力が落ちます。その跳ね返りの量をブラシのセンサーが感知してバブルを絞(しぼ)ります」

 W氏からブラシを受け取り,それを矯(ため)つ眇(すが)めつしながら,次は水圧調整の基になっている貯水タンクへと向かいました。タンクの吸水口を見ると,ここにも小さなセンサーがついています。

「水面の上下動によって給水バブルを開閉する,ボールタッグという装置を取り付けているんですよ」
貯水タンクでは,すっかり常識的な機能だそうです。

 日本の水は安く,飲料水として安全なもの,という認識があります。ところが,工場の中に一歩はいると,水には様々な用途があることを知らされます。冷却・過熱・蓄熱など。いやぁ,今日の工場見学は驚きの連続ですね。

「まだまだ,何をおっしゃるウサギさん,ですよ。タカダ先生は,“顕熱”と“潜熱”という化学用語をご存じですか?」
W氏の説明によれば,顕熱(けんねつ)とは固体・液体・気体といった状態を変えずに,温度変化によって熱の出入りを活かすものです。潜熱(せんねつ)とは,固体・液体・気体相互の状態変化によって,熱の出入りを活用するものです。

「水1キログラムが摂氏零度で氷になる場合,80キロカロリーの熱量を放出します。逆に氷が水になるときは,同じ熱量を吸収します。タダの水も,こうした熱エネルギーに変換できるのですよ」

 G社の工場やオフィスなどの空調設備に蓄冷装置が使われているのは知っていましたが,顕熱や潜熱という学術用語を持ち出されて,筆者は面食らってしまいました。最近は特殊な用材を加えて水をシャーベット状にし,インテリジェント・ビルの蓄冷にまで応用されているそうです。

「手近なところでは,ほら,このパソコンのサーバーに張り巡らされている水冷装置なんかがそうですよ」
確かに,ITの進歩は熱を生み出すことに余念がない。パソコンに向かうとき,G社の水冷装置で頭を冷やしながらプログラミングに取り組む必要がありそうです。

(注1)コスト・ダウンではない点に注意してください。拙著『ほんとうにわかる管理会計&戦略会計』421ページ参照


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■高田 直芳 (たかだ なおよし)

【略歴】
 公認会計士。某都市銀行から某監査法人を経て,現在,栃木県小山市で高田公認会計士税理士事務所と,CPA Factory Co.,Ltd.を経営。

【著書】
 「明快!経営分析バイブル」(講談社),「連結キャッシュフロー会計・最短マスターマニュアル」「株式公開・最短実現マニュアル」(共に明日香出版社),「[決定版]ほんとうにわかる経営分析」「[決定版]ほんとうにわかる管理会計&戦略会計」(共にPHP研究所)など。

【ホームページ】
事務所のホームページ「麦わら坊の会計雑学講座」
http://www2s.biglobe.ne.jp/~njtakada/