兼子公範さんは、松本大社長率いるマネックス証券のシステム担当部長。日興證券に入社するが、ある時期からずっとベンチャーに身を置く。ある日突然の営業企画部への転籍命令は、社内ベンチャー日興ビーンズの立ち上げプロジェクトだった。3カ月で口座開設、5カ月で本格開業という無謀ともいえる開発計画。システム部は4人。毎日、深夜になると「これからが仕事だ」と思った。

 全員モチベーションは高く、大企業の駒として働くより、会社を立ち上げるというゴールがあるのがうれしかった。立ち上げ後、サービスの拡充に忙しい日々を過ごしていると、今度は、マネックスとの合併の一報を聞くことになる。1年間、システム統合のために身を削る思いで働いたが、リハーサルを入念に重ねた合併当日に、ルーターの不具合でシステム遅延が発生した。復旧のための切り替え作業では、短時間のうちに原因と影響範囲の特定、重要な判断が求められた。

 常に挑戦者として働いてきた兼子さんだが、CIO(最高情報責任者)のポジションは、「ディフェンシブであるべきだ」と主張する。今年になって、マネックスでは、ナイター取引で不正に価格を出したことで金融庁から業務改善命令が出た。かつて証券会社のシステムは直接個人投資家に提供するものではなかった。不具合が発生した場合は社内ユーザーに状況を説明し運用でカバーしてもらった。しかし、オンライン証券となってからは、直接のユーザーであるお客様の非難の矛先は当然のようにマネックスに向かう。

 だからシステムの安定性を売りものにしている会社としては、外部委託先を含めた運用に特に神経を使うようになった。マネックスのASP(アプリケーション・サービス・プロバイダー)先は7社、最近では、プログラムを変える手順が報告通り正しく運用されているかまで踏み込まないと安定性の確保はできないと感じる。管理業務の重みが増す。ベンチャーから信頼性ある会社へ脱皮する過程では「守り」を意識するのは当然だ。

 CIOと部長を兼務するのは2年が限界と感じることがある。管理業務が多くなる兼子さんは、ふと、ものづくりに戻りたいという気持ちになることがある。使う人の喜ぶ顔を見たい。守るよりも挑戦したい、技術者の魂がうずいている。

石黒 不二代(いしぐろ ふじよ)氏
ネットイヤーグループ代表取締役社長兼CEO
 シリコンバレーでコンサルティング会社を経営後、1999年にネットイヤーグループに参画。事業戦略とマーケティングの専門性を生かしネットイヤーグループの成長を支える。日米のベンチャーキャピタルなどに広い人脈を持つ。スタンフォード大学MBA