米国時間6月11日に開幕した米Appleの開発者向け会議「WWDC(Worldwide Developer Conference)」。今年も同社CEO Steve Jobs氏の基調講演で始まった。「One more thing …」は,同氏が基調講演の終盤に言う,サプライズ発表前の決め台詞。昨年の講演ではこれがなく,期待はずれのWWDCと言われた。しかし今年はそれが復活した。

 Jobs氏の今年の「もう一つ」とは,同社製Webブラウザの新版「Safari 3」だった(写真1)。Macintosh版と同時にWindows版も開発したと発表し,皆をあっと驚かせた。Macintosh版はMac OS X Tiger(10.4.9)向け,Windows版はXPとVista向けを用意し,無償提供する(関連記事)。

写真1●Safari英語Mac版(ベータ)   写真1●Safari英語Mac版(ベータ)
Safari 3のページ内検索。インクリメンタルサーチ(逐語検索)/検索語を一文字タイプするごとにに検索結果が更新される。また検索語に一致する語句は画面上一括表示。カーソルにもっとも近い語句はオレンジで表示する。なおWindows版は現時点のベータでは日本語ページを表示できない。
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 Appleは同日よりAppleのWebサイトでベータ版(英語版)のダウンロード配布を始めた。今,世界中のユーザーが新Safariを試しているようだ。すでにWebではさまざまなレポート/感想が報告されており,大変な盛り上がりを見せている。

しかしなぜWindows?

 AppleのWindows向けソフトは,これまでもiTunesなどいくつかあったが,Microsoftの製品と真っ向から競合するWindows向けメジャー・アプリケーション・ソフトはこれが初めて。Windows版のSafariを提供する理由についてJobs氏は,Webブラウザのシェアの話を挙げて説明した。

 同氏によると,Webブラウザのシェアは現在,IE(Internet Explorer)が78%,Firefoxが15%,Safariが5%。Firefoxの1日当たりのダウンロード件数は50万と多い。しかしiTunesの1日当たりのダウンロード件数はその2倍の100万。iTunesはWindows版だけでも累計ダウンロード件数が5億に及ぶという。「Macは好調で,Safariのユーザー数も1860万人と多い。だが我々はSafariのシェアを伸ばすためにもう少し後押ししたい」(同氏)。

写真2●Appleの「WWDC 2007」でのCEOのSteve Jobs氏の基調講演
写真2●Appleの「WWDC 2007」でのCEOのSteve Jobs氏の基調講演
「Safari 3」ではWindows版も開発したと発表した。Appleは同社サイトで基調講演のビデオ映像を公開している。
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 SafariもiTunesのようにWindows版を提供すればシェアを伸ばすことができるというわけである。しかもiTunesのようにダウンロードされれば,Firefoxの2倍のペースで普及していく。IEがほぼ8割を占めるWebブラウザ市場の勢力図に大きな変化がもたらされる。Jobs氏はそうにらんでいるようである。

 しかし無償のWindows版Safariがいくらダウンロードされようが,それだけではAppleは一銭ももうからない。AppleはSafariで何を狙っているのだろうか? 海外メディアでは大方が「Appleの戦略はこれまで同様,すぐさま明らかになるものではない」としながらも,Windowsユーザーへの訴求が目的と見ているようである。

Windowsへの歩み寄りが奏功?

 例えばForbsの記事では,ThinkEquity PartnersアナリストJonathan Hoopes氏の見解を報じている。「AppleはWindowsユーザーにSafariを使ってもらうことでApple製品の感触をつかんでもらいたいと考えている。Apple製品の良さを体感すれば,Macintoshの購買意欲向上につながるとAppleは考えている」(Forbs.comの記事)。またWashington Postの記事ではApple Worldwide Product Marketing部門上級バイス・プレジデントのPhilip Schiller氏のコメントを載せている。「多くの人が我々のアプリケーションを好きになればなるほど,我々の製品を買ってくれる可能性が高くなる」(washingtonpost.comの記事)という。

 Forbsの記事では,米国のパソコン小売市場におけるMacintoshのシェア(IDCの調査)を引用して説明している。それによると,2004年に3.5%だったMacintoshのシェアは2006年には4.9%にまで増えたという。

 Windowsのキーボードやマウスを使えるようにした小型デスクトップ機「Mac mini」,iPodや音楽ダウンロード・サービス,Apple TVをWindowsユーザーにも提供するiTunes,そしてIntel Macへと移行し,WindowsもMacintoshマシンで動かせるようにした「Boot Camp」。Appleはここ数年,さまざまな形でWindowsユーザーへのリーチを試みてきた。こうした施策が,Macintoshのシェア拡大につながったという。

「モダンな手法,iPhoneにとって素晴らしい」

 一方で,The New York Timesの記事はこれらとは少し異なる報道をしている。Windows版Safariは,この6月29日に米国で発売される同社の携帯電話機「iPhone」と密接に関係しているのではないかというのである。

 Jobs氏は今回,「One more thing …」でSafariの新版を一通り説明したあと,「One last thing …」と続け,iPhoneと会場に来ている開発者との関係について語り始めた。

 これまでAppleは,iPhoneのセキュリティ/動作信頼性の問題への懸念から,外部の開発者によるiPhone向けプログラムはサポートしないとしてきた。それが今回は方針を転換し,Webアプリケーションという形で開発者を支援すると告げたのだ。

 iPhoneにはSafariが搭載されている。Ajaxなどの手法を用いて開発されたWebアプリケーションはiPhoneのSafariでも動く。iPhoneの通話やメール機能,Googleが提供しているようなサービスと連携するWebアプリケーションの開発が可能になり,Appleはそれを支援するというのだ。

 「Salesforce.comやGoogleに代表されるよう,多くの企業がこうしたアプリケーションを開発しており,これは非常にモダンな手法。iPhoneにとって素晴らしいことだ」。Jobs氏はそう説明した。

 この方法であれば,セキュリティを犠牲にすることなくiPhoneを開発者に開放できる。同時にiPhoneとSafariを取り巻くサード・パーティのコミュティを形成でき,彼らにも恩恵をもたらすことができる。Jobs氏はそう考えているようだ。