総務省は2007年夏に,NHKのBSデジタル放送のチャンネル数を検討する研究会を立ち上げる。有識者を交えて,現在三つあるNHKのBSデジタル放送を削減する方向で検討を進める。NHKの拡大路線を容認してきた総務省の公共放送政策が,大きな転換点を迎えたといえる。

 総務省はこれまで長年にわたり,NHKが新しいメディアを持つことを認め続けてきた。古くはNHKの前身である「社団法人日本放送協会」が1926年に始めたラジオ放送,現在の「特殊法人日本放送協会」に衣替えしてから間もない53年に開始した地上アナログ放送,89年のBSアナログ放送などという具合である。そのたびにNHKのチャンネル数は増えていった。

 地上アナログ放送とBSアナログ放送はそれぞれ2011年に終了し,全面的にデジタル放送に切り替わることになっている。このようにデジタル放送に引き継ぐ形でアナログ放送のチャンネルを終了するということはあっても,チャンネルを完全になくしてしまうという措置はとらなかった。そのためチャンネル数の増加とともに,やがて民放事業者や一部の有識者からは,「NHKの肥大化が進んでいる」との批判が高まった。特に民放事業者は,「NHKとの共存関係が崩れる」と危機感を募らせた。

 そんな批判を受けながらも,総務省がNHKの拡大を認めてきたのには理由がある。公共放送として新しい放送市場を立ち上げる先導的な役割を,NHKに期待したからだ。NHKが率先して魅力的な番組を放送することで受信機の普及を促し,後続の民間放送事業者のために新市場を切り開く役割を担わせてきたのである。

 だが放送市場の成熟に伴い,NHKがそうした先導的な役割を発揮する場面も少なくなっている。今回,総務省がBSデジタル放送のチャンネル削減を検討する背景にも,既に衛星放送市場に多数の民放事業者が参入しているという事情がある。公共放送としてNHKが衛星放送市場で先導的役割を担う意義は,もはや小さくなっているのではないかという判断だ。

 その一方で総務省は,2008年からNHKに番組の本格的なインターネット配信事業を容認する方針を打ち出している。まだ小さいインターネットの映像配信市場を立ち上げる役割に期待しているわけである。

 BSデジタル放送のチャンネル削減と,本格的なインターネット事業の容認――。同時期に打ち出されたこの二つの政策は,総務省がNHKに先導的役割の発揮を求める市場を,放送からインターネットに転換したことを示唆している。長年放送市場の立ち上げを先導してきたように,インターネット市場をけん引することができるのか。NHKが再び存在感を高められるかどうかが,試されている。