「インターネット・ビジネスをやるべきか否か。やるとすれば,どのようにすべきか」。さまざまなシナリオが企画担当者の頭の中で交錯する。ユーザー企業4社の実例を基に,この問いに対する回答を出すまでの過程を紹介する。基本は,インターネットを使って本業にどう貢献できるかを考え抜くことだ。本業を軽視すると,思わぬ落とし穴が待っている。

本記事は日経コンピュータの連載をほぼそのまま再掲したものです。初出から数年が経過しており現在とは状況が異なりますが、この記事で焦点を当てたITマネジメントの本質は今でも変わりません。

 インターネット・ビジネスが話題になっている。新聞を開くと,「この波に乗り損ねると企業の存続にかかわる」という論調の記事が毎日のように載る。勢いに押されたのか,かなりの経営者がインターネットを使って自社の業務プロセスを改革しようと考え始めたようだ。経営者が取り組みだしたこと自体は非常に良いことである。

 しかし,「自社の強みが何であるかがわからないままに,拙速に業務プロセスを変更するのは危険だ」とプライスウォーターハウスクーパース コンサルタントの松川孝一ABM部長は警鐘を鳴らす。最悪の場合,インターネット・ビジネスが自らの首を締める結果にもなりかねない。松川部長は次のような事例を語る。

間違ったインターネット戦略

 ある一般消費財メーカーの販売部門がインターネット・ビジネスへの参入を計画した(図1)。このメーカーは,小売店を通じて消費者に商品を販売している。従来は,メーカーの営業担当者が自ら小売店に商品を配送し,品出しや棚チェックをしながら,そこで新たに注文を取ってくる「御用聞き」型の営業スタイルを採用していた。

図1●ある一般消費財メーカーが立てた,誤ったインターネット・ビジネス計画。自社の強みが何かをしっかり分析せずに,他社で成功した方法をそのまま採用しても大失敗を招く
図1●ある一般消費財メーカーが立てた,誤ったインターネット・ビジネス計画。自社の強みが何かをしっかり分析せずに,他社で成功した方法をそのまま採用しても大失敗を招く

 御用聞きはいかにも旧態依然のスタイルだし,営業の効率も悪そうだ。そこで,このメーカーは小売店からの注文をインターネットやコール・センターで受け付けたり,物流を専門業者にアウトソーシングすることの検討を始めた。ところが,これは同社の強みを損なう間違ったインターネット・ビジネス戦略だった。

 このメーカーの強みは,商品の配送,提案型営業,受注支援活動など,すべてのプロセスが一人の営業担当者の中で完結していたことだった。各プロセスで得られる情報を次の受注支援活動に結び付けることで,このメーカーは事業を拡大していた。

 営業担当者は商品を配送するたびに,小売店の棚にある商品の陳列状況や自社・他社製品の売れ行きを自らの目でチェックしていた。さらに,こうした情報を基に,小売店に適切な棚割りや販売促進策を提案したり,自社の新製品を売り込むことができた。

 ところが,小売店からの注文をインターネットやコール・センター経由に切り替え,物流をアウトソーシングしてしまったら,営業担当者は何の予備情報もなしに小売店に対して提案をしなければならない。配送,営業,受注という三つのプロセスで得ていた情報が,一つのプロセスからの情報に減ってしまう。これでは十分な成果を上げられるはずがない。

 実際,販売部門の一部で試行したところ,その営業担当者の売り上げは減少してしまった。小売店の棚のフェイス・シェア(棚の正面から見た自社商品の陳列面積のシェア)を競合他社に奪われてしまったのである。

 どうしてもこのメーカーがインターネット受注と物流のアウトソーシングを実施するとしたら,それなりの仕組みを用意する必要があった。それぞれのプロセスで商談に必要な情報を収集する工夫を凝らし,その情報をリアルタイムで営業担当者が共有できるようなデータベースを構築することである。

「ゼロ・ベース発想」の陥穽

 「とにかくインターネット・ビジネスに参入しよう」とあせるあまり,こうした間違いを起こしつつある企業は少なくない。インターネット・ビジネスにおいて「既存の常識やしがらみにとらわれず,インターネットとITを使って何ができるかを“ゼロ”から考えよ」というのが常識になっている。既存のビジネス・モデルや商習慣は,インターネット・ビジネスを手がける新興企業から見れば,格好の標的になる。

 特に伝統的な御用聞き型の営業スタイルは,インターネット時代にどうしても「前近代的」なものに見えてしまいがちだ。受注・配送・営業というビジネスのサイクルを低コストで回転させることを白紙から考えると,インターネットやアウトソーシングの活用は一つの解としてあり得る。単純にこう考えてしまうことが,間違いにつながりやすい。

 「スピードが勝負」と言われるインターネット・ビジネスの世界では,他社より早くビジネスを始めることで頭がいっぱいになってしまう。だが,真に競争優位を実現するためには,もう一度冷静になって,計画を練り直してみることが肝要だろう。

 再考した結果,勝算があれば本格的にインターネット・ビジネスに挑戦すればよい。あるいは,既存のビジネス・プロセスの一部を,うまくインターネットに置き換える手もある。逆に,インターネットを使わなくても自社のビジネス・プロセスを強化できる確信が持てたなら,インターネット・ビジネスに背を向けても構わないはずだ。

新規事業で勝負する富士ゼロックス

 本格的にインターネット・ビジネスに挑戦した企業として富士ゼロックスがある。富士ゼロックスは1999年12月に,「x-plaza」と呼ぶ,同社の顧客企業の購買業務を請け負うサービスを始めた。顧客企業とオフィス用品のサプライヤをインターネット上で仲介し,富士ゼロックスが購買商品の価格交渉,発注などを代行する。顧客企業内の購買プロセス(選定,承認,発注など)や資産管理を支援するWebシステムを富士ゼロックスが提供する。

 富士ゼロックスは複写機市場における高いシェアを活用し,さまざまなオフィス用品の供給支援サービスまでビジネスを拡大しようとしてきた。ところが,オフィス用品の注文をインターネットで受け付けて配達するサービス分野では,プラスの子会社であるアスクル(東京都文京区)などが急速に業績を伸ばしている。富士ゼロックスにとって,アスクルのような企業は脅威になり得る。そこでx-plazaというインターネット・ビジネスを企画し,自ら参入したわけだ。

 富士ゼロックスがx-plazaを企画する際,最も力を入れたのは,「本業の強みを綿密に分析することだった」と,企画作業に参画したマイクロソフトの小柳津篤シナリオマーケティンググループマネジャーは話す。「米国で本業とインターネット・ビジネスの両方で成功した数少ない事例を分析すると,どの企業も本業の強みを生かして新たなインターネット事業を打ち立てていた」(小柳津マネジャー)という事実を参考にした。

 富士ゼロックスは自社の強みを3点,リストアップした。営業力(営業網や営業プロセス),焦げ付きが1回もない料金回収プロセス,既に多数の企業の決済口座を保持していること,である。三つの強みをx-plazaの立ち上げ段階で利用すれば,多数の既存顧客に対してすぐにサービスを展開でき,利用顧客の獲得から料金回収に至るまでのリスクが小さくなる。さらに「x-plazaによって,富士ゼロックスは顧客企業の購買プロセスに深く関与することができ,本業の営業力の向上も図れる」(小柳津マネジャー)。