経営トップは企業革新プロジェクトの責任者になり,今後どのような「事業システム」で発展を図るのかを考え抜くべきである。事業システムは,企業の構造,企業の仕事の進め方(プロセス),社員で構成される。これら3点の改革に必要な「情報」の内容や活用方法を,経営者と情報システム部門は検討しなければならない。

阪上 浩

本記事は日経コンピュータの連載をほぼそのまま再掲したものです。初出から数年が経過しており現在とは状況が異なりますが、この記事で焦点を当てたITマネジメントの本質は今でも変わりません。

 情報を切り口に企業革新を考える活動を始めてほぼ10年が経過した。この間,勉強会や講演活動を通じて数多くの経営者や情報システム部門の責任者の方々にお会いできた。1997年には,『日経コンピュータ』に,「読者と考える中堅企業の情報化戦略」という題で1年間連載をさせていただき,これをきっかけとしてまた多くの方々と意見交換をする機会を得た。

 こうして10年間,多くの企業革新プロジェクトの結果を見聞きした。だが,残念なことに明らかに成功していないほうが多いと言わざるを得ない。「企業革新プロジェクトに挑戦したものの,思ったほど成果が出なかった」,「中期計画の柱として新しい情報システムを構築しようとしたが,失敗し大金を捨てた」といった悩みを経営者からしばしばお聞きする。おそらく,企業革新を狙ったプロジェクトのうち,成功したものは全体の2割程度ではないだろうか。

 8割が成功に至らなかったという前提を踏まえ,企業革新につながる情報化プロジェクトにどう取り組むべきか,筆者の知見を改めて述べたい。

 筆者はIT業界に身を置くものは,時を経ても変わらない本質的なことを考え抜き,それを言い続けるべきであると考えている。この姿勢は,新しいITキーワードを操り,「このキーワードに取り組まないと遅れますよ」と経営者や情報システム部門長をあおるやり口の対極にあるものである。

 ここ1,2年,数多くのIT流行語が登場した。中には昔からあるコンセプトを焼き直しただけのものもある。本当に新しく役に立つ考え方や技術もあるが,それでもキーワードに踊らされてしまっては経営革新などおぼつかない。筆者があえて,10年来の考えを言い続ける所以である。

問われる幹部のリーダーシップ

 企業革新が進まない理由を図1に列挙した。これらの理由はすべて,経営幹部の革新に対するリーダーシップ不足に帰結するものである。筆者は経営トップの方にお会いするたびに,次の3点を提言している。

図1●企業革新が進まない理由
図1●企業革新が進まない理由

 「経営トップが自ら企業革新プロジェクトの責任者になるべき」,「なぜ企業革新が必要なのかを自分で,社員全員に,理路整然と,しかも熱っぽく,しつこく語るべき」,「成功に至る戦略シナリオを策定すべき」である。

 失敗したプロジェクトで意外に多いのは,「社員を説得できず」しかも「シナリオ不在」のケースである。そもそも何を達成したいのか,目標があいまいなプロジェクトは少なくない。

 なるほど,経営革新プロジェクトを実施している企業を訪問すると,壁などに「組織の活性化を目指そう!」などの方針が張り出してある。しかし,「あの方針を確かに達成できた,と判断できる尺度をお持ちですか」と尋ねると,とたんに考え込んでしまわれる経営者が少なくない。

 企業経営と次元が異なるが,あいまいな形容詞だけでは人を説得できない例として,筆者の失敗を挙げてみる。かつて新しいコンピュータを全世界で発表するプロジェクトに参加していた時のことである。日本のお客様にとって絶対に必要な,ある機能を盛り込んでもらおうと,米国で開かれた会議で「この機能は,Very very importantです」と筆者は力を込めた。

 その時に会議の議長役はこう言った。「How very?」。重要重要とお前はいうが,どのくらい重要なんだ,というわけである。その時は本当に冷や汗が出た。「明日までに説明資料を作ってきます。もう1日だけ時間を下さい」と言うだけで精一杯だった。ホテルに戻ってすぐ日本のスタッフに必要なデータを送ってくれるよう頼んだ。徹夜で資料を作って翌日の会議に臨み,なんとかその機能を盛り込んでもらうことに成功した。

IT偏重の企業革新は失敗する

 もう一つ,企業革新プロジェクトで多い失敗パターンは,社員の人望を集められない人物をプロジェクト・リーダーに据えてしまうものである。かつての功労者ではあるが,引退直前の人には社員をなかなか牽引できない。

 ある問題に企業が取り組む場合,社員がどんな心理にあるかを考えて手をうつ必要がある。社員が動き出すまで,大きく5段階の心理があると言われる。

 第1は,何か問題があることに気づく。次に社員がその問題を理解する必要がある。これだけでは行動につながらない。第3に,その問題への取り組みを納得する。第4は,行動を起こすと決意する。そして第5番目にようやく行動につながる。こうした心の動きをよく読んで,各段階にあった適切な対応をして,社員をひっぱるのが真のトップ・マネジメントといえる。

 社長の息子をリーダーに据えたからといって,成功するとも限らない。父親のような成功体験を持たない2世社長が経営革新のリーダーになると,ITにこだわって失敗してしまうこともある。情報システムへの取り組みなら父親に勝てると考え,最先端のITをあれこれ買い込む。そのうちに,とにかく計画した情報システムを動かすことが目的になる。システムはなんとか動かせても,現場の社員がついていけず最後は挫折してしまう。

プロセスに着目した改革を

 次に,経営革新プロジェクトにあたってなすべきことを考えてみたい。基本は,自社が今後どのような「事業システム」で成長・発展を図るのかを考え抜くこと。もう少しかみ砕いて言うと,「ビジネスにおいて効果があることを効率的にやるための枠組み」を考え,構築することである。

 企業の競争力は,最終的な製品そのものや,サービスそのものでつくわけではない。競争力ある製品やサービスを生み出す事業システムで差がつくのである。

 事業システムは大きく,企業の構造,企業の仕事の進め方(プロセス),そして社員で構成される(図2)。この3点全体にかかわる経営革新のシナリオを作らずに,情報システムだけを新しくしてみても,事業システムの革新にはまったくつながらない。

図2●事業システムの構成要素。事業システムの優劣で企業の競争力に差がつく
図2●事業システムの構成要素。事業システムの優劣で企業の競争力に差がつく
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 事業システムの構成要素のうち,構造とは,どの事業を手がけるのか,キャッシュ・フローをどこに求めるか,組織をどうするか,といった事柄である。こうした構造(ストラクチャ)を変えることがリストラクチャリングである。これは,経営者が腹をくくって決め,断行すべきことである。

 情報システムが大きく寄与できるのは,プロセス改革と社員の意識改革であろう。プロセスを抜本的に見直して情報システムに置き換える,社員のノウハウを共有できる情報システムを使って意識改革につなげる,といった具合である。

 図2のプロセスのところに,プロセス改革の着眼点を示しておいた。ここでプロセス改革において,情報システムはプロセスの高速化には寄与する一方で,プロセスの固定化につながることを忘れてはならない。ビジネス環境の変化に応じてプロセスを柔軟に変更していくときに,情報システムがついてこられないようではまずい。あるプロセスはあえて,情報システム化せず,人手のままにしておく,といった発想も必要だ。