【かもさんから一言】
 ダダダダダァ~、ドーン!我が家の姫が今日もソファーに激突しました。けがの絶えない姫ですが、この前買ってあげたゴルフセット(おもちゃ)を使って、上手にボールを打てるようになりました。ボールが動いていようが止まっていようが、空振りすることはほとんどありません。運動オンチの父親からすると、うらやましい限りです。さあ本題。テーマは、ユーザーとベンダーの「距離感」です。今回は、ユーザー企業との対話を粘り強く重ねた営業担当者のお話から紹介しましょう。

(イラスト:尾形まどか)

 「まいど!鴨さん、また来ちゃいました。ちょっと出てこれまへんか?」。総合電機メーカーであるA社のソリューション事業部営業担当の吉丸氏は、いつもの調子で、ソルビ電機の熊野鴨之助に電話をかけてきた。吉丸氏はソルビ電機の近所に来ると、こまめに鴨之助に連絡を入れ、近所の喫茶店で鴨之助と談笑することを日課にしていた。喫茶店で話す内容は、直接吉丸氏の商談につながらないことが多かった。ソルビ電機とは異なる業界で引き合いの多いシステム案件に関する話題や、日米における会計基準の違い、世界の経済事情など、ソルビ電機に対する提案など全くない。それでもこれらの話題は、まだビジネス寄りの話でまともな方である。

 プライベートな話だけに終始することもしばしばだった。鴨之助は、吉丸氏から「嫁との苦労話」や「住宅ローン減税」について語られたこともある。吉丸氏は鴨之助を友人とでも思っているかのように、仕事における目標や自分の周囲にいる面白い人物に関するエピソードを披露することも多かった。会う時間が短いときには、「今日の晩御飯の献立」の話だけで終わるなんてこともあったほどだ。

 ただし時々吉丸氏は、営業らしく喫茶店で自社の製品やソリューションの提案をすることもあった。ところがたいていは鴨之助から「ダメ出し」される始末。ひどい時にはわずか営業トーク開始3秒で、鴨之助から「そんなのいらない」と玉砕されるありさまだった。

ライバルは複数のところ、単身で説明会に参加

 鴨之助と吉丸氏とのこんな関係が続いて1年が経ったころの話。鴨之助は、吉丸氏に1通のメールを送信した。それは、「IT部門のシステム運用管理を対象とした業務改革プロジェクト」の説明会の案内状だった。

 A社代表として吉丸氏は、ソルビ電機のIT部門が開催した説明会に参加した。そこには、いつもの競合をはじめITベンダー10社の営業担当者やエンジニアが集まっていた。ライバルは担当者複数人が説明会に出席していたが、A社の吉丸氏は単身で参加。鴨之助はその姿を見て、「営業担当者でありながら、技術にも詳しい吉丸さんらしいなあ。でもまあ頼もしい」と好感を抱いていた。

 この説明会で鴨之助は、ITベンダー10社に対してこう伝えた。「コンペが終了するまで、特定の期間以外に、当社と接触することは一切禁止します。問い合わせ期間中、皆様から寄せられた質問と当社の回答の内容は、すべて公開させていただきます」。

普段のコミュニケーションが本番で威力を発揮

 それでもベンダーの営業担当者の中には、ソルビ電機が定めた問い合わせ期間を避け、「ここだけの話」を鴨之助に持ちかける者もいる。そうした場合、鴨之助は「ルール違反」と見なし、提案内容を受け取る以前にそのベンダーを「失格」扱いした。

 鴨之助は、喫茶店でお茶する仲の吉丸氏を特別扱いしなかった。「もし吉丸さんがルールを破ったら、その時点でサヨナラしよう」。ところが、こうした鴨之助の心配は杞憂(きゆう)に終わる。選考期間中は公平を保つべく吉丸氏は、鴨之助と「雑談」しなかった。

 そうして約4カ月の選考期間を経て、A社が「システム運用管理の業務改革プロジェクト」案件を獲得した。具体的にはITIL(ITインフラストラクチャ・ライブラリ)を活用して、システム運用管理業務の価値を明確にし、そこで働くエンジニアの士気を高めるための環境を整備するための取り組みである。

 A社の提案が他社と違っていたのは、「A社が実際に活用しているシステム運用管理業務用のドキュメントをベースに、ソルビ電機のシステム運用業務を改革する」という点だ。鴨之助らは「何も手掛かりのない状況から運用管理業務用のドキュメントを作ろうとするベンダーが多い中、A社は自分たちの経験を生かし、我々ユーザーの手間とコストを省こうとしてくれている」と評価した。A社の提案に「プロジェクトで発生する可能性の高いリスク」が明記してあったこともポイントになった。

 さらに吉丸氏は、ソルビ電機が取り組もうとしている運用管理業務改革に似たプロジェクトの経験者を連れて来た。これも、A社がライバルに差を付けるのに有効だった。そのエンジニアは、運用管理業務改革プロジェクトで注意すべき点について、鴨之助らソルビ電機のIT部員に分かりやすく説明してくれた。

 A社の吉丸氏は日々の鴨之助との雑談から、ソルビ電機やキーパーソンである鴨之助が喜ぶ提案がどういうものかを、常にシミュレーションしていたようだ。A社の提案は、鴨之助が好む「理想像だけを語るのではなく、実現可能性を熟慮した実践的な内容」だったのだ。

鴨之助「いつも僕に駄目出しされていましたが、吉丸さんのマメさが実を結びましたね」

吉丸氏「いやいや、今回はまぐれですよ。喫茶店での一杯、今後もよろしくお願いしますね」

チラシ1枚で数億円規模の商談を勝ち取る

 A社のように、吉丸氏が実践したような粘り強い営業スタイルが成功に結び付く。こうしたケースは、ソルビ電機でも少なくなかった。ところがその逆もある。チラシ1枚で、信頼と数億円規模のプロジェクト、定期的なサポート契約を、ソルビ電機から勝ち取ったベンダーもいるのだ。鴨之助がちょうどクライアントパソコンの管理を担当していた時の話である。

 「おーい、鴨さん。面白いファックスが届いているよ!」。同僚の声が鳴り響く。パソコンメーカーB社から、新型パソコンの無料貸し出しキャンペーンのお知らせが届いていたのだ。「今使っているパソコンを入れ替えるべきかどうか、営業本部の井上課長に相談されたところだったんだ。タダで試せるならいいかもな~」と鴨之助は思った。

 早速、貸し出し条件を確認するため、パソコンメーカーB社に問い合わせた。すると数日後、B社の営業担当である本山課長から鴨之助に連絡が入る。

本山課長「2台を1カ月以上お貸しできますよ」

鴨之助「ええ~。そんなに良い条件なのですか。それでは早速貸してください」

 貸し出し期間中、本山課長は何度も鴨之助に連絡を入れてきた。そこでは貸し出し中のパソコンの調子だけでなく、提供できる周辺機器や保守サポートの内容について説明してきた。ややもすれば押し売りになりそうなところだが、本山課長の説明は、技術面からも業務で利用する観点からも的を得ていたため、鴨之助は本山課長を信頼するようになっていた。さらに本山課長は「パソコンに搭載する標準ソフト群をまとめたマスターデータを自社できっちりと管理しておけば、何かと運用に手間がかかりませんよ」、「CD-ROMドライブは拠点に数台用意すれば、業務にも支障はないでしょうし、管理の手間やコストも抑えられると思います」など、B社の金儲けに直接つながらないことも提案してくれた。

 その後ソルビ電機は、保守サポートまで含め、ノートパソコン800台、デスクトップパソコン200台のリプレースをB社に委託。パソコン購入だけで数億円。さらにパソコンの保守サポートも、すべてB社に任せることにしたのだ。

 A社の吉丸氏からは、「常に顧客のためになることを考え、ユーザーと長期的な関係を築こうとする」姿勢が見られ、鴨之助は「これぞアカウント営業のお手本」として記憶している。その一方、「B社の本山課長のような営業担当者に会うことも少ない」と寂しさを感じる今日このごろだ。

【かもさんから もう一言】
 いかがでしたか?今ではゴルフセットを使いこなす姫も、最近までは「ボール、ボール」と言いながら、少し大きめのゴムボールをつかもうとしては、自分の足で蹴る。こうしてなかなかボールをつかめないでおりました。そうした失敗を重ねて、少しずつボールとの「距離感」を身に付けたのだと思います。
 以前はお友達の目や鼻を指で突きそうになるのを、汗をかきながら、寸止めしていたものでした。が、最近では友達同士、間合いをとって仲良く遊んでおります。「絶妙の距離感」を保つには、自分の行動が他人にどう影響しているかを常に意識する姿勢が大切なようですね。早いもので次回が最終回です。こうご期待!

筆者「かもさん」とは
某大手ユーザー企業の敏腕プロジェクトマネジャー。若手ながら、システムのアーキテクチャ設計~運用設計、ヘルプデスク体制の構築、アプリケーションの企画~運用、オフィス移転プロジェクトなど経験値は高い。現在は情報セキュリティ管理者を務めつつ、システム部門の組織戦略もひねり出す多忙な日々を送る。数々のプロジェクトを通じ、「ユーザー企業とITサービス企業の理想の関係」を追い求める寅年生まれ。モットーは「明るく楽しく激しく」