【かもさんから一言】
 我が家の姫は最近、お風呂場に“ピンクのいるか”ちゃん4匹をぷかぷか浮かばせ、沈めたり、小さな浮き輪に無理矢理押し込んだりして、イルカショーを楽しんでいます。体を拭うガーゼもお気に入りのようで、かぶりついては、チューチューとお湯を吸っています。最初のうちは注意をしても「何?」と要領を得ない表情をうかべるばかり。まあ言葉の通じない幼児なら仕方がないとあきらめもつきますが、相手が大人であっても、なかなかうまく対話できないケースは少なくありません。今号は読みきり形式で、ユーザーとベンダーが馴れ合いの関係になると、互いに不幸になる事例を紹介させていただきます。

(イラスト:尾形まどか)

 「なんだか納得いかないな~」。中堅電機メーカー「ソルビ電機」の熊野鴨之助は、3年以上稼働している営業支援システムの状況を見て、思わずこうつぶやいた。鴨之助は30歳になり、ネットワーク管理から、業務システムを管理する部署へ配置転換されていた。ソルビ電機は、この営業支援システムの企画から開発、各拠点への展開までの業務すべてを、メーカー系ITベンダーA社に任せていた。システムの導入に伴い必要になったサーバーやパソコンも、すべてそのベンダーから調達していた。

 システムが稼働してから半年程度は、A社のエンジニア山田氏もほぼ常駐に近い状態で対応していたため大きな問題はなかった。山田氏は、システムへの機能追加・変更といったソルビ電機の注文にも、すぐさま対応していた。このため、ソルビ電機で営業支援システムを担当していた小野寺係長(鴨之助の前任者)は満足している様子。ところが、ソルビ電機へのA社の対応は徐々に悪化していった。鴨之助が営業支援システムを担当するころには、“水増し請求”のオンパレードになる。

工数の見積もりが大幅に水増しされている?!

 鴨之助「営業担当者の訪問状況と販売実績を、こんな感じでパソコン画面から見られるようにしたいんですけど。どれくらいかかりそうですか?」

 ベンダーA社の担当者(山田氏)「う~ん、そうですね~。この機能であれば多分これくらいの金額になりますね」

 鴨之助「え~なんでですか? この改修ってこの辺をこんな感じでいじるだけですよね。一体どれだけのボリュームを想定していますか?」

 山田「それはそうなんですけどね~。じゃあ、自分でやりますか? うちの保守からは外れる形になりますけどね~」

 鴨之助「…仕方ないですね。では正式な見積もりを至急お願いします」

 山田「見積もりはすぐにできるのですが、エンジニアの確保に時間がかかるので準備に2~3週間は最低見ていただかないと~」

 鴨之助(って、おまえもエンジニアだろ!)「発注後、至急山田さんにご対応頂くことはできませんか?」

 山田「いや~、私は保守の範囲でしか動けない契約ですからね~」

 鴨之助(まったく、誰がこんな契約したんだよ! あ、前任の小野寺かあ)「分かりました、とりあえず営業さんを呼んでください」

 ソルビ電機は、完全にA社に足元を見られていたのだ。「ソースコード2行を追加するだけで、なぜ3人日もかかるんだよ! このままでは、こちらもコストがかかる。こんな仕事のやり方では、A社のエンジニアだって育たないじゃないか」。鴨之助はそれが悔しかった。

口約束をうのみにした我々ユーザーの落ち度だ

 こうした状況になったのは、ベンダーA社だけでなく、ソルビ電機も悪い。ソルビ電機の小野寺係長は、A社の「稼働後のサポートもきっちりやらせていただきます」という口約束をうのみにしていた。ソルビ電機は、「その後もなんとかしてくれる」とA社に甘えており、営業支援システムの保守契約をきっちり結んでいなかったのだ。

 営業支援システムに対するサポート体制を見直すため、鴨之助は動いた。システムを動かしているサーバーが老朽化している点に目を付け、サーバーをA社以外のメーカー製品にリプレース。さらに厳しい市況からビジネスモデルの修正を余儀なくされていたので、営業支援システムのアプリケーションも再開発することにした。

 この機会に鴨之助は、ハードウエアの調達先とシステム開発先を分離。システム開発は役割に応じてコンサルティング会社のF社に任せた。鴨之助は、1社独占体制が緊張関係をなくす温床と考えたからだった。A社はソルビ電機の信頼を得ることができず、仕事を失った。

 馴れ合いで緊張感をなくしたベンダーが仕事を失うという点では、こんなケースもあった。ソルビ電機は、SAP製のERP(統合基幹業務システム)パッケージ「R/3」で構築したシステムの運用・保守を、ITサービス会社B社に委託していた。最初はR/3システムを動かしているサーバー5台のアウトソーシングからスタート。利用者や対象業務の拡大で、サーバーの台数は50台に増えた。悲劇は、サーバーを増設する際に起こった。

不要なサービス料金まで徴収されている

 ソルビ電機の穴川主任は、B社の担当者にサーバー増加に伴って、運用費がどれだけ増えるのかを見積もってもらうことにした。依頼してから数日後、B社の営業担当だった伊藤氏からの見積書を受け取った穴川主任の顔面は蒼白になった。 穴川主任「なんでこんなに料金が上がるんだ? 予算を50%以上もオーバーしているよ」 B社の担当者(伊藤氏)「そうですね~台数が増えますし、その分利用面積も増えますからね」

 穴川主任は、ソルビ電機の高山IT部長に状況を報告。高山部長は「これは根本からサービスレベルの見直しをしないと駄目だな。交渉力のある奴に任せないとならん」と考えた。そこで鴨之助を呼び出し、「なんとかして予算内に収めておいて。期限は年末だしあと3カ月もないから。よろしくね」と、軽い調子で指示した。

 鴨之助は、「またか~」といつもの特命という名の“キラーパス”に辟易しながら作業に着手した。ただし、鴨之助はR/3システムの運用業務には全くタッチしていなかったため、早速B社がソルビ電機に提供している数種類のサービスメニューを精査。「このサーバーにはデータベースを積んでいないのに、データベースサーバーと同じサポート料金じゃないか。ここはカットできそうだ」。「こっちは開発機だから稼働監視もいらないんだよな~。削ろう」。「何でデータ参照系システムのサポートと基幹のR/3のサポートが同じ値段なの?」。こうした作業を数日間かけて実施。B社に、サービス項目を細分化してもらい、ソルビ電機の運用実態に即した形でサービス内容を組み直してもらった。

 これにより鴨之助は高山部長の指示どおり、R/3システムの運用・保守アウトソーシング料金を予算内に収めた。「穴川主任はB社の言いなりで、何も仕事をしてないんじゃないか。B社だって、サービスレベルの見直しなり改善の提案なりをしてくれれば良いものなのに!」。鴨之助の心中は穏やかではなかった。

もうこれで終わりにしましょう

 その後、B社に6カ月間、運用・保守を任せることにしたものの、鴨之助は「B社との関係を断ち切るべきだ」と感じていた。水面下で、B社以外で運用・保守を任せるベンダーの選定作業に取り掛かった。そうして数社の提案内容を基に鴨之助は、C社を選択することを高山部長に告げ、承認を得た。鴨之助は、ソルビ電機が8年間付き合っていたB社の伊藤氏に「契約打ち切り」を告げた。

伊藤氏「なぜですか? 納得できません。価格の改定だってしたじゃないですか? なんとかなりませんか」

鴨之助「グループの経営判断なので、私の一存ではどうしようもありません。お引取りください」

 B社と縁を切る際、タイミングよくグループ全体としてのコスト改善プロジェクトが走っていたので、このように、鴨之助は淡々とB社の担当者と接した。しかしながら鴨之助の心の中では「当社も悪いが、あなたたちもそれに胡坐あぐらをかいていたから、こんなことになるんだ」と怒りと悲しさが交錯していた。

かもさんからもう一言
 お医者さんや知人・友人の多くから、「マメに話かけると、子供も早く言葉を覚えるよ」と言われます。そのとおり、姫に日々話しかけるよう努力してきました。すると、その効果がようやく出てきたではないですか。姫の脳ミソに言葉とその意味が蓄積されたようで、言葉を発する回数も増えました。こちらが怒っているのか、誉めているのかの意味も理解しているようです。姫との関係が深まっているのがうれしいのと同時に、対話することの重要性を感じます。ベンダーとの対話が足りないという状況から、幸せは訪れることはないのでしょう。それではまた次回。

筆者「かもさん」とは
某大手ユーザー企業の敏腕プロジェクトマネジャー。若手ながら、システムのアーキテクチャ設計~運用設計、ヘルプデスク体制の構築、アプリケーションの企画~運用、オフィス移転プロジェクトなど経験値は高い。現在は情報セキュリティ管理者を務めつつ、システム部門の組織戦略もひねり出す多忙な日々を送る。数々のプロジェクトを通じ、「ユーザー企業とITサービス企業の理想の関係」を追い求める寅年生まれ。モットーは「明るく楽しく激しく」