【かもさんから一言】
 みなさん、いかがお過ごしですか? 私の大好きな焼酎も、お湯割が恋しい季節になってきました。
 最近、我が家の姫が覚えた遊びのおかげで、どきどきさせられることもしばしばです。唐突に人に背中を向けるんですね。「?」と思っていると、フラ~っと後ろに倒れてくるじゃないですか!とっさに受け止めようとした私の顔面を、姫の後頭部が強打してくれまして…(涙)。
 近況はさておき、ソルビ電機の本社ネットワーク刷新話が今回とうとう決着します。今日も最後までお付き合いの程、よろしくお願い致します。

(イラスト:尾形まどか)

 「随分と細かい請求が多いんだな~」。さして広くもないオフィスに、安藤システム課長の声が響いた。ここは中堅電機メーカー「ソルビ電機」の情報システム部。弱冠28歳の主人公、熊野鴨之助が交通費精算の伝票を提出したところだった。

 ネットワーク製品ベンダーに勤務した経験を持つ鴨之助は、本社ネットワーク刷新プロジェクトの推進役として,ソルビ電機にとっては久々となるネットワーク構築コンペを進めている。

 先週、鴨之助は「RFP(提案依頼書)行脚」のために関東一円を走り回っていた。候補先のITサービス企業6社すべてを訪問してRFPを手渡した上で、ソルビ電機の状況とRFPの内容を説明したのだ。手間も暇も交通費もかかったが、収穫は大きかった。安藤課長の嫌味が気にならなかったのも、そのせいだろう。

“神の見えざる手”を有効活用すべし

 さて鴨之助は今、6社による説明会の準備を進めている。つまり2次コンペである。各社には既に、提案書の事前提示の依頼を出してあったが、鴨之助はそれと同時に、大事な“ルール”を伝えることも忘れなかった。

 そのルールとは「提案書の提出依頼をした日から1週間は、問い合わせに応じる。だが、それ以降提出締め切りまでの2週間は、問い合わせには一切応じない。もしもその間に問い合わせを行った会社があれば、その時点で失格」というものだ。

 こんなことをしたのは、提案内容の全体的なレベルアップを狙ったからだ。若い鴨之助ではあるが、こういう場面ではある程度、業者間で情報交換が行われるものだということは知っていた。こうした情報交換は時に、成果物のコストや品質に大きな影響を及ぼすのだ。つまり2週間の沈黙期間は、この「隠れた競争原理」が十分働くよう設けたものだった。

 質問は当初なかなか来なかったが、期限の2日前になって、数社から提案条件について問い合わせがあった。これらへの回答は、平等を期すため、6社すべてにメールで伝えられた。そしてさらに2週間余りが経過した。いよいよ提案書の提出日である。

「え、そんな値段でできるの?」

 6社の提案書は、鴨之助の期待以上のものだった。各社の得意技を生かしたバラエティーに富んだものだったのだ。例えば、同じ帯域を確保するのでも、“メタル系”の配線が得意な企業は、独特の束ね方を駆使した提案を、“光ケーブル”を得意とする企業からは、独自のノウハウによる工期短縮と利便性の向上を視野に入れた提案を、という具合であった。

 「あ、これだとどんなことができるの?」。自席で提案書を広げる鴨之助の頭上から、そっとのぞき込んで聞いたのは安藤課長だ。ここ最近、提案書の中身にはほとんど興味を示さなかった彼が、好奇心を抑えられずやって来たのだ。内心「しめた!」と手を打ちつつ、鴨之助は努めて冷静に説明する。「ここを2重化するとですね、こっちが落ちてもここがこうなって…」。

 だが何よりうれしかったのは、安藤課長が「ええっ!こんな値段でできるの?」と素直に驚きの表情を浮かべたことだ。実際、既存ベンダーである大日本電業以外の5社の提案はいずれも、大日本電業の半額程度のコストだった。しかも、利用する機器は1~2グレード上位の製品で、工期も3分の2以下だったのだ。

かつてなく盛り上がる提案説明会

 1週間後、6社による提案説明会の当日を迎えた。各社ともエース級のプロマネを投入して来たようだ。少なくとも鴨之助にはそう見えた。実は事前に、「説明は、実際にPMを担当する人が行うこと。PMの指揮下で実際の作業を担当するグループのキーマンも、できる限り出席してほしい」とリクエストしておいたのだ。

 説明会は、過去にソルビ電機で開催された同様の説明会よりも、はるかに活発なものとなった。ソルビ電機側の参加メンバーからも、激しい質疑応答が展開されたことを評価する声が多かった。6社が辞去した後に行われた社内の選考会議も、これに負けず盛り上がった。各人が項目別に6社のスコアを付けて比較する方法を採っていたが、トップ2社の差はわずか数点だったからである。

 「柔軟性のある設計と、技術の確かさではF社が1番でしたね~」「いやいや、S社の実績もなかなか捨てがたい」などと議論が白熱する中、一応とりまとめ役である鴨之助は、そっと発言をした。「あの~、やはり若干でもスコアが優れているF社にしませんか?」。

 即座に「でもS社も非常によい提案を…」と訴える声が上がった。それを黙って聞いた後、鴨之助はこんな提案で返した。

「そこなんですが、我が社には全国に40の営業拠点がありますよね。その営業所の移転やネットワークの整理などがあれば、当面この2社で毎回コンペをするということにしてはどうでしょうか」。

 会場は一瞬静まりかえった。だが「毎回こんな面倒なコンペはできないでしょう。工期だって間に合わない」という声が上がった。鴨之助はそれを待っていたかのように、こう切り返した。「今回のコンペで、各社の特徴や工事の単価などは分かりましたので、今後は標準的な設計の条件だけ決めておいて、対応の可否と導入コスト、保守サービスの水準だけを比較すれば十分と思いますが」。この発言が決定打となって、今回の本社ネットワーク再構築工事の発注先は、全会一致でF社に決まった。ちなみに、安藤課長がその場ですぐこのアイデアに賛同の意を示してくれたことも大きな追い風になった。

鴨之助の涙腺を刺激したものは

 鴨之助はすぐ、6社にメールで結果を伝えた。趣旨は、下記の3パターンである。
(1)「残念ながら選考に落ちてしまいましたが、次回の大規模な案件では、必ず声をかけさせていただきます」
(2)「残念ながら僅差で落選となりましたが、次回のネットワーク工事の際には、声をかけさせていただきたいので、標準的な工事の条件を、お伝えします」
(3)「接戦の結果、御社にお任せすることとなりました。今後の打ち合わせの内容と日程の調整をお願いします。また、今後のネットワーク工事の際にも声をかけさせていただきたいので、工事の標準的な条件も提示します」

 6社の担当者からは、すぐに返事がきた。彼らは異口同音に「今回は大変勉強になった」と語っていた。それだけではない。「とても楽しかった。一緒に仕事できる機会を楽しみにしている」という趣旨のコメントがあったことも、共通していた。各社の返事を読むうち思わず涙が出そうになり、鼻をかんでごまかした鴨之助である。

 実際の工事が始まってみると、お約束のように予期せぬ事態が発生した。それでも鴨之助がPMを拝命して1年後の稼働期日には、新ネットワークが稼働した。最大のユーザー部門である営業本部のキーパーソン、井上課長をはじめ、普段接する機会の多いユーザー部門の面々からは、さりげない感謝の言葉があった。その後約4年を経て、営業所のLAN配線も徐々に整備されていった。

 それからさらに10年以上たった。熊野鴨之助も今や、某ユーザー企業のシステム課長だ。その熊野課長が懐かしそうに言う。「当時は若かったので勢いで突っ走っちゃったけど、あのころが一番楽しかったなあ。今の課題は、後進の育成と人材確保ですからね」。

 F社で当時PMを努めたS部長も語る。「最初にRFIがポンと送られて来た時は、こんな会社もあるのかと驚いた。RFIは海外では当たり前だと聞いていましたが、日本で見るのは初めてでしたから。その後も、直接説明しに来ると言うし(笑)。会ったら若くて驚いたが、この人となら楽しく仕事ができそうだと思えた」。

 彼らの会話を聞く限り、どうやら鴨之助の“良い関係”構築プロジェクトは成功したらしい。

【かもさんから もう一言】
ちょっとくさすぎたでしょうか(笑)。でも鴨之助とS部長は、まるで学生時代の“旧友”みたいです。社会人になってからでも、こういう関係が築けるものなんですね。我が家の姫の石頭攻撃も、親への“信頼”の証?  さて鴨之助の初陣の顛末を見届けたところで、次回からは、場面を変え、ユーザーとITサービス企業の接点問題を突き詰めたいと思います。どうぞお楽しみに…。

筆者「かもさん」とは
某大手ユーザー企業の敏腕プロジェクトマネジャー。若手ながら、システムのアーキテクチャ設計~運用設計、ヘルプデスク体制の構築、アプリケーションの企画~運用、オフィス移転プロジェクトなど経験値は高い。現在は情報セキュリティ管理者を務めつつ、システム部門の組織戦略もひねり出す多忙な日々を送る。数々のプロジェクトを通じ、「ユーザー企業とITサービス企業の理想の関係」を追い求める寅年生まれ。モットーは「明るく楽しく激しく」