【かもさんから一言】
 もうすぐ1歳になるうちの姫も、日本語がかなり聞き取れるようになり、嫁さんとのコミュニケーションも変わってきました。例えば突然「なんだ~?」と言っているような奇声を発します。こんな時は、彼女が何を言いたいのか探るため、近辺の物体を1つずつ指さしつつ「あれ?」「あれ~!」と、互いに確認していきます。
 大好きな犬のぬいぐるみに自分の食事をあげたい時、彼女は「わんわん、わんわん!おいちぃ~」といって食べさせるマネをしました。こうして何とか合意が形成されると、本人の食事も多少進展するようです(笑)。

(イラスト:尾形まどか)

 「いや~、先週の関西インダストリには本当に参った」。中堅電機メーカー「ソルビ電機」のネットワーク管理者、熊野鴨之助(28歳)はつぶやいた。  鴨之助は今、ソルビ電機の本社ネットワークを全面刷新するプロジェクトを任されている。大手「大日本電業」1社への丸投げが長年続いた結果、ソルビ電機のネットワークはコストパフォーマンスの悪いものになり、サポートも満足いくものとは言い難い。そこで鴨之助は、上司の安藤システム課長を何とか説得してコンペ実施の許可をもらい、14社にRFI(情報提供依頼書)を送った。

 だが、思わぬ伏兵がいた。期日までに何の反応もしなかった電気工事最大手「関西インダストリ」の営業が、“裏口”から「提案させろ」とねじ込んできたのだ。裏口とはソルビ電機の総務部である。関西インダストリはソルビ電機の電話関連工事を長年担当する会社で、総務部とは懇意の仲だったのだ。

 総務部からの電話を受けた安藤課長は、「それみろ」とばかりに鴨之助を追及した。それでも鴨之助は勇気を振り絞って正論を通し、関西インダストリを今回の候補から外したのである。

まずはお互いを知ることからスタート

 「でもコンペを潰されなくて本当によかった」。鴨之助は胸をなで下ろして、RFP(提案依頼書)作りにとりかかった。RFIへの回答で各社の企業理念や事業プロフィールなどはおおよそ把握できた。今度は、ソルビ電機の状況を理解してもらう番だ。鴨之助はとり急ぎ、機密保持契約書のひな型を入手した。 RFIへの回答が一定水準以上だった企業に、機密保持契約を結んでもらった上でRFPを提示するためだ。

 “二次審査”に進出したのは、RFIに回答した11社のうち6社。現行ネットワークの設計から管理までを担当する大日本電業(総合電機メーカー)のほか、F社(ケーブルメーカー)、D社(システムインテグレータ/総合電機メーカー)、S社(ケーブルメーカー)、O社(大手電気工事会社)、C社(電気工事会社)という顔ぶれだ。大日本電業以外は、ソルビ電機との取引実績ゼロである。

 「さて、どうやって説明しようか」。鴨之助はRFPを眺めながら思案した。ちなみにこれまでのソルビ電機では、システム導入の際にはベンダー各社を集めて合同説明会を開催するのが常だった。だが、合同説明会はなぜかもめることが多かった。かと言って、RFPの文書を投げるだけでは内容を理解してもらえないだろう。残る方法は一つ。鴨之助得意の「足で稼ぐ」である。

 鴨之助はこの日、11社に送る回答を用意した。内容は「RFIに回答がなかったので落選」「RFIに対する回答内容が不満足だったので落選」「一次審査を突破されたので、秘密保持契約を結んだ後に要件を説明に行きたい。ついてはスケジュールを設定してほしい」の三パターンである。

ある日の鴨之助vs.安藤課長(第二回戦)

 各社に回答を送る前に、やることがあった。「せっかく手間暇かけてコンペを実施するのだから、次回以降のプロジェクトでもその成果を生かしたい」。鴨之助はそう考え、一つのアイデアを暖めていたのだ。

 そのアイデアとは、「今回のような大規模なコンペは、数年に1度、全面改修や新規の施設を構築する場合のみ実施する。それ以外の小規模な案件については、大規模コンペで選抜した最有力の数社だけに絞って、簡略化したコンペを実施する」というものだ。

 こうすれば、コンペにかかる事務作業の負担を軽減しつつ、価格も適正な水準に収められるだろう。長期の取り引きで陥りがちな“不健全な関係”を断ち切るチャンスも確保できる。これを安藤課長に説明し、なんとか了承をもらわなくては。というわけで第二回戦である。

鴨之助「安藤課長、ちょっとご相談が…」

安藤課長「おう、何か問題でもあったか?」

鴨之助「いえいえ、今回コンペをするに当たり、業者さんと“良い関係”を作りたいと考えまして」

安藤課長「既に大日本電業とは良い関係だけど?」

鴨之助「確かに、大日本電業さんは無理も聞いてくれます。ですが、よくとんちんかんな対応をするので、現場から文句が来ているのもご存じですよね」

安藤課長「まぁ、それは聞いているけど…。そこは改善していかないとな~。うちのPMはまだまだ管理というものが…(ぶつぶつ愚痴が続く)…」

鴨之助「その改善ですが、せっかくですから“良い関係”を作る方向にしませんか? 具体的には、こうしてこうして…(中略)…というわけで、ソルビ電機として正式に各社にメールしたいのですが」

安藤課長「まぁ、そういうことならやってみてもいいかな」

鴨之助「ありがとうございます!」

流した汗と減った靴底の分だけ愛は深まる

 その数日後から鴨之助は、6社の訪問を開始した。ソルビ電機の本社は、関東地方の北端にある。一方、6社は東京や横浜などに分散しており、訪問するだけでも骨だった。しかしそこは、後に「ユーザー企業とITサービス企業の理想の関係」を生涯のテーマとする鴨之助である。「どんな人がいるんだろう」「きちんと説明して、良いアイデアを出してもらおう」などと、超ポジティブな思いで頭は一杯なのだった。

 1社目は大手電気工事会社O社。やや広めの応接に1人座っていると「地方企業の一担当者に過ぎず、しかも若造の自分に、どれだけ本気で対応してくれるだろう」。今さらながら、そんな不安も胸をよぎる。

 とその時、相手が入ってきた。総勢5~6人で、名刺交換してみると役員もいた。その場で意思決定ができるメンバーをそろえて来たらしいことは、メンバーの肩書きだけでなく、その後の話の進み具合からも察せられた。

 O社の面々は、鴨之助の質問のほとんどに即答してくれ、鴨之助は彼らの実績や得意分野、苦手分野についても知ることができた。もちろん鴨之助の方も、聞かれたことには即答した。「思いの外、たくさんの情報が得られたな」。1時間半を超える面談の後、帰る電車の中で鴨之助は充足感に浸った。

 翌日、鴨之助はケーブルメーカーS社を訪れた。S社の事前資料によれば、何よりも技術力を重視する会社らしい。応対に出たのは、系列会社の名刺も複数持っている“技術部門のエース”らしき人と、ベテラン営業風の人物である。彼らからは、最新の技術トレンドを押さえつつ、ソルビ電機のネットワークの将来性にも配慮した具体性の高い話が引き出せた。

 だが3社めか4社めに訪問したケーブルメーカーF社は“外れ”だった。技術系と思われる課長が1人で出てきたが、現場のことはよく知らないようだった。延々と、F社の得意な“ソリューション”の説明を聞かされ、鴨之助が質問をしても、事前に決めた商談シナリオを変える考えはないようだった。

 だが1週間余りの行脚で、6社中5社と密度の濃い打ち合わせができた。これはかなり高い勝率だ。「やはり、ちゃんと“お返事”ができる会社は、問い合わせ処理だけでなく、問い合わせの内容に適切に対応するプロセスも優れているのだな」と納得した鴨之助である。

 若造の鴨之助が歓迎された理由は、RFIにもあった。鴨之助はRFIで、各社のサービス提供やネットワーク設計における基本的な考え方(ポリシー)を確認した。これを見た各社のキーマンは、「ソルビ電機システム部、熊野鴨之助」という未知の人物に対し「これは面白い仕事ができそう」という期待感を持ったというのだ。

 やはり直接会ってよかった。収穫をまとめたノートを手に、鴨之助は笑みを浮かべた。「さてどんなアイデアが出てくるかな」。出会った人々の顔を順繰りに思い浮かべながら、胸を高鳴らせる鴨之助であった。

かもさんからもう一言
 システムの仕事と言っても、最終的には人と人のコミュニケーションに集約されます。そしてその目的は「相互理解」です。でも難しく考えることはなく、少しの手間や工夫をしてみませんか、ということなんです。・・・などと言いつつも、姫ちゃんと嫁さんと夕飯を食べる機会を増やそうと、あれこれ秘策を考えてしまっている自分がいるわけですが(笑)。それではまた次回。

筆者「かもさん」とは
某大手ユーザー企業の敏腕プロジェクトマネジャー。若手ながら、システムのアーキテクチャ設計~運用設計、ヘルプデスク体制の構築、アプリケーションの企画~運用、オフィス移転プロジェクトなど経験値は高い。現在は情報セキュリティ管理者を務めつつ、システム部門の組織戦略もひねり出す多忙な日々を送る。数々のプロジェクトを通じ、「ユーザー企業とITサービス企業の理想の関係」を追い求める寅年生まれ。モットーは「明るく楽しく激しく」