参議院選挙を前にして急浮上した「年金問題」。連日,あらゆるメディアが報道合戦を繰り広げている。国民にとって最も深刻な問題の1つであるがゆえに,与野党いずれにとっても選挙戦の格好の材料には違いない。だが,何が本当に「問題」なのか,釈然としない人も多いのではないだろうか。
 
 この年金問題については,さまざまな情報が飛び交っているものの,はっきりしている事実は,ごくわずかだ。
 
 「年金に関する情報システムの記録では,約5000万件にのぼる受給該当者が不明である。つまり5000万件の年金が現在受給に結びついていない」「さらにそれとは別の最大約1430万件は,マイクロフィルムに記録されているものの,情報システムには未入力だった」。
 
 年金という長期にわたって電子的な記録が必要な制度であるにもかかわらず,「入力されていなかった」「正確に入力する仕組みがなかった」という信じられない話なのである。そのほかのことは,すべてが曖昧だ。「今後1年以内に正常な情報システムを再構築し,受給漏れを一掃する」「受給の時効を撤廃し,税金も免除する」などという政府の口約束をそう簡単に信じるわけにはいかない。
 
 なぜなら,年金に関する情報システムの状態がどのようになっているのかを,そして半世紀近くも前から保管しているマイクロフィルムの記録がどうなっているのかを,政府は正確に把握していなかったからだ。
 
 「IT立国」ならぬ「IT途上国」を露呈した政府の善後策など信用できるはずもない。厚生労働省は「受給対象者が分からない5000万件の年金記録を照合する新システムを今後1年間で導入する」としているが,それがどれだけ大変な作業であるかは想像に難くない。
 
 というより,システムの何が年金問題を引き起こしたのか,ITの側面からきちんと説明していないので,想像すら及ばない。政府の対応をみていると,ITを前に出すことで問題を分かりにくくしているようにさえ思えてくる。今後は「年金IT問題」の詳細を逐次明らかにしていく必要があろう。
 
 社会保険庁が運用する既存システムの病巣は,ほかにも症状を見せ始めた。年金IT問題が露呈してから,年金記録の照会を処理しきれなくなってしまったのである(関連記事)。6月10日,日曜日としては初めて既存システムを稼働させ、臨時に年金記録の照会業務を実施するためのプログラム変更を施したのだが,それが一時的に機能しなかったようだ。このような既存システムの弱点を修復しながら,「年金IT問題」を根本的に解消する新システムを構築しなければならない。

 新システムが相手にするのは,半世紀以上も前から延々と記録されてきた多種多様なデータだ。すぐにプログラムで処理できるものではない。しかも複数の年金に加入している人に関しては,ばらばらの受給情報を集める「名寄せシステム」が欠かせない。
 
 厚労省は新システムの開発委託先をNTTデータと日立製作所に決めたようだ。両社が金融機関向けの名寄せシステムで開発実績があるからだとういう。開発費用は未定だが、最低でも10億円程度はかかるとみられている。
 
 その原資について「年金保険料は充てず、他の予算を削ったり、予備費を使ったりして捻出する」という方針のようだが,いずれにせよ税金による大規模システムには違いない。またもや,後手後手にまわる膨大なIT投資。政府こそ,IT投資に関する完全かつ詳細な情報公開を率先して示し,メディアも国民に分かりやすく報道する義務があろう。