経済は好調だ。政治も先の衆議院選挙で与党が圧勝し安定した。安倍政権の下でついにわが国も本格的な構造改革と憲法改正に着手かと期待していた。だがどうもそれどころでない可能性が出てきた。構造改革はしばし頓挫するのではないか。筆者は政治学者でも政局ウォッチャーでもない。だが専門の「改革論」の視点から今の国政を見るといくつかの発見がある。

安倍政権に見る争点の欠如--「憲法」「道州制」では抽象的すぎる

 先進国の政治はどこでも「改革」が最大の課題だ。大改革をやれば政権は続く。サボればブレアのように交代だ。だが大改革は総理の指揮だけでは無理だ。逆説的だが抵抗勢力が現れエネルギーが高まったところで実現できる。成功する改革の流れはこうだ。「改革派」が争点を持ち出す。やがて「守旧派」が現れ抵抗する。両者が争いエネルギーが高まったところで宰相が権力を行使する。その余勢を駆ってより大きなテーマに挑む。これが改革のダイナミズムだ。小泉政権ではこれがうまく働いた。

 安倍政権はどうか。改革以前に失速しそうだ。原因は争点設定の失敗にある。総理が打ち出す「憲法」「道州制」「教育再生」といった課題は抽象的過ぎて「争点」にならない。側近が打ち出す「ふるさと納税」「天下り規制」「アジアゲートウェイ構想」なども、争点にならない。素人の思いつきレベルで中身がない、あるいは争点としては小さすぎる。

だれが争点を出すのか--小泉政権が成功した理由

 改革に必要な争点はそもそも誰が提示するのか。小泉政権では総理自らが郵政や道路を争点に提示した。だがわが国のそれ以前の政権では、野党、米国、あるいは改革派首長など政府・与党の外の勢力が争点を提示していた。

 55年体制では主に野党が争点を提示した。物価や公害など成長に伴うコストや弱者への利益分配など内容は具体的だった。これに対して政府・与党は争点をカネで解決してきた。経済成長を背景に豊富な財源があった。野党が争点を出せば出すほど与党は実績を上げる。かくして政権交代は起きなかった。日本に二大政党制ができなかった理由のひとつでもある。

 冷戦崩壊のあと91年以後は構造不況に入る。93年に細川政権が成立するがすぐに連立与党の時代になる。調子を失った左翼に変わって今度は改革派首長が争点を提示し始めた。95年の統一地方選挙では、北川正恭氏(三重県)、増田寛也氏(岩手県)、逢坂誠二氏(北海道ニセコ町)などが首長になった。彼らは公共事業の見直しや地方への税源移譲を迫った。やがて石原慎太郎氏や田中康夫氏も登場し改革派首長への期待が全国に広がる。長野の脱ダム宣言などでは国との対決の図式がはっきりした。90年代の首相は派閥人事で選ばれ目まぐるしく交代した。年配の冴えない首相よりも自己主張する若手の改革派首長が人気を集めた。

 やがて2001年に小泉政権が発足。総理が改革派首長の向こうを張ったトップダウン経営を始めた。経済財政諮問会議などを駆使しての官邸主導の時代だ。さらに族議員や官僚などを「守旧派」「抵抗勢力」とラベリングしいわゆる劇場型改革をやる。今までの総理は野党や地方、あるいは米国から争点を突きつけられる側だった。ところが小泉氏は自ら「道路」「郵政」という争点を繰り出した。小泉劇場では演目もシナリオもすべて総理が設定した。あとは守旧派を挑発して舞台に上げるだけだった。

 だがなぜ体制を守るべき総理自らが争点を出せたのか。それは彼が実は少数派だったからだ。対外的には絶大な権力を持つ彼は実は党内では少数派だった。だから彼は思い切った争点を出せた。そして改革の成否が宰相の成績を決める時代において総選挙で大成功をおさめた。

いまだに演目を決めきれない安倍氏

 さて安倍氏はどうか。彼は議会で多数派を占める与党連合の多数から選ばれた絶対的権力者である。つまり政府を守るべき立場にあるので、鋭い争点は野党から出てくるはずだった。ところが野党にはその能力が乏しい。閣僚の失言や格差問題を持ち出す程度でしかない。そこで総理は自ら争点を出さざるを得なくなった。ところが出した争点は先述のとおり、大きすぎるか小さすぎるかのどちらかだった。まったく盛り上がらない。さらに目先の懸案の「社会保険庁」「緑資源事業団」「北朝鮮」などは答えが明らか過ぎぎてこれらも争点にならない。

 かくして安倍氏はいまだに演目を決めきれない。小泉流の劇場型改革がすべてではないが無為に時間だけが過ぎていくという印象を国民に与えてしまった。改革が当たり前になった時代において「争点」は、常に時代の空気を反映した具体的かつ本質的なものでなければならない。その生成能力の構築は安倍氏にとって大きなチャレンジである。(次回に続く)。

上山氏写真

上山信一(うえやま・しんいち)

慶應義塾大学総合政策学部教授。運輸省、マッキンゼー(共同経営者)、ジョージタウン大学研究教授を経て現職。専門は行政経営。『だから、改革は成功する』『新・行財政構造改革工程表』『ミュージアムが都市を再生する』ほか編著書多数。