連載の第3回では,WAN高速化装置の機種選択の手法を紹介した。同様に重要なのが,WAN高速化装置を導入する際の設計パターンである。WAN高速化装置は,高速化する対象を増やせば増やすほど,それに応じてスペックが高くなり機器の費用が高くなる。導入パターンのそれぞれのメリットとデメリット,費用を考慮して,自社に最適な形で導入するべきだ。

 WAN高速化装置を導入する際に,費用対効果の高い設計を追及するにはどのようにすれば良いのか。全体的な高速化を目的とすることはもちろん可能だが,一部拠点への高速化,一部アプリケーションの高速化など,コストを考えながら柔軟性の高い設計を行うことが可能だ。

 多くの機種で採用される重要な機器スペックに「速度」がある。スペック表を見ると様々な表記がなされているが単位は「ビット/秒」である。これが意味するところは,「最適化後の送信帯域」である。簡単に説明すると,WAN高速化装置がLANから10Mビット/秒のデータを受信したとする。キャッシュが作用し,10Mビット/秒のデータをWAN側へは1Mビット/秒で送信するケースでは,「最適化後の送信帯域は1Mビット/秒」と表現する。

 その他,TCPセッション数,キャッシュに使用できるディスク容量,ユーザー数など,設計根拠は機種によって多岐にわたるので,注意が必要である。これらの要素がモデル選定根拠となるため,ニーズに必要十分な設計を行わないとコストの高騰を招くことになるのだ。高速化対象として決定する要素には,特定の拠点や特定アプリケーションが挙げられる。最大構成は,全体的な最適化である。以下で,目的に応じたWAN高速化装置の導入パターンを紹介する。

パターン(1)
高速化する拠点を限定

 まず一つめは,高速化の対象とする拠点を限定する例である(図1)。このケースでは,サーバーを設置した拠点~拠点A間に限定して,レスポンス向上と帯域増強効果の双方が期待できる。設備事情により帯域増強が困難な拠点や,国内に比べコストの高い海外拠点向けでは,とりわけ威力を発揮する。

図1●対象拠点を限定した高速化適用例
図1●対象拠点を限定した高速化適用例

 この図の場合,高速化する対象拠点の回線が4Mビット/秒であるため,サーバーを設置している拠点はアクセス回線が10Mビット/秒であっても,高速化するトラフィックの最大速度は4Mビット/秒をカバーするモデルで十分で,それ以上のスペックを持つ装置は必要ない。こう説明すると,「サーバーのある拠点の最大速度が10Mビット/秒で,WAN高速化装置が最大4Mビット/秒の対応となると,結局その拠点は最大4Mビット/秒でしか通信できないのではないか」と思われるかもしれない。しかし,あくまでもここで最大4Mビット/秒となるのは,高速化が必要なトラフィックだけであり,その他の通信トラフィックは回線速度の上限である10Mビット/秒での通信が可能,という意味である。

 TCPセッション数やユーザー数も考えて設計する場合でも,拠点Aの利用形態にだけ合わせて,WAN高速化装置のモデルを選択すればよい。このパターンにおける WAN高速化装置は,高速化を行いたい区間だけに機器を設置すればよいため,WAN高速化装置を設置していない拠点への通信である拠点BやCとサーバー間の通信は,従来どおりの通信が行われることになる。

パターン(2)
アプリケーションを限定した高速化

 二つのめのパターンは,アプリケーションを限定する高速化の適用例である。 WAN高速化装置のスペックを他のアプリケーションで消費することを避けたいケースで使用する設計方法だ。同時に,特定のアプリケーションのトラヒック量を減らし,レスポンスを上げることを狙う。

 ここでは,高速化するアプリケーションを「CIFS」に限定する場合で考える(図2)。これは,WAN高速化装置に「CIFS だけを高速化対象とする」と設定することで実現する。

図2●アプリケーションを限定した高速化適用例
図2●アプリケーションを限定した高速化適用例

 拠点AとBでそれぞれCIFSで100セッションずつ使用する前提とすると,最適化後の送信帯域も設計根拠とする機種であれば,サーバー側の拠点には最大200セッション,8Mビット/秒をカバーするモデルが最大構成となる。パターン(1)とは異なりこのケースでは,拠点ではなくアプリケーションという切り口で,サーバーと拠点A,B間にCIFS限定の高速化を実現している。

パターン(3)
全トラフィックを高速化

 最後に,アプリケーションと対象拠点にこだわらず,全トラフィックを高速化するパターンを紹介する(図3)。それなりのスペックが必要な機器導入が必要でコストがかかるが,レスポンス向上と帯域増強効果が最大限に発揮されるケースである。

図3●全トラフィックを高速化する適用例
図3●全トラフィックを高速化する適用例

 全トラフィックを高速化対象とすることにより,サーバーを設置している拠点における帯域増強効果が特に体感できるようになる。拠点とサーバー間の全トラフィックが削減されるからだ。

 実際の構築事例を見ると,このケースでは,秒単位のレスポンス向上,数倍の帯域増強効果の体感が実現できており,レスポンス向上効果の高いアプリケーションではWAN経由なのか,LAN内なのか区別がつかない時がある。場合によっては,スペックの低いサーバーのある拠点へアクセスするよりも,WAN経由でスペックの高いサーバーへアクセスする方がレスポンスが速くなるケースさえ報告されている。

設計に必要な数値を実地検証時に収集

 このように,様々なコンセプトでの設計が可能なWAN高速化装置であるが,各機種のサイジングはどのように行うのだろうか。自社のネットワークに流れるトラフィックの詳細を把握している事例は実はまれである。TCPセッションやユーザー数など,詳細のパラメーターが必要な際は,サイジングを行う際に困難に陥る。

 その答えは,実環境での検証で得られる。実機を使った実環境で性能検証を行う際に,設計に必要なパラメーターがWAN高速化装置にレポートとして残る。この値を参考に設計すると,実環境にフィットした設計を行うことができるのだ。これは重要なノウハウである。