(総収入が1000億ドル以上で世界最大級の保険・金融サービス会社)AIGには、大小合わせ23の部門にCIO(最高情報責任者)がいる。それら全体をまとめるのがグローバルCIOの責務だ。

 部門CIOは、1つの事業ラインを管轄し、その事業特有の問題に対する日常的な対応を考える。これに対し、IT(情報技術)に関するガイドラインを設け、各部門が利用しやすく、他部門に拡張しやすい技術インフラを構築し、部門間のシナジーを追求するのが、グローバルCIOの役割である。

 隣接する技術職としてグローバルCTO(最高技術責任者)もいる。飛行機に例えると、CIOが操縦士(パイロット)、CTOは航空士(ナビゲーター)だ。CIOは技術戦略の進むべき方向性、前進するための戦略、事業間の関係に注目する。CTOは業務を効率化させるシステムの運用性能に責任を持つ。

 リポート体制は現在、グローバルCTOから私に、私からCFO(最高財務責任者)にという流れだが、近く変更する。CEO(最高経営責任者)、CFO、その他上級役員が集まる「オペレーション・システム執行役員会」という会を新設し、その会に私が報告する。スピードアップのためだ。

事業部とベンダーを結びつける通訳

マーク・ポポラノ氏
マーク・ポポラノ氏

 企業内には“遺産”ともいうべき、前世代から引き継いだ情報システムがあり、この遺産によって、多大な収益を上げる事業部門も存在する。ところが、この遺産は1部門内で改良を重ねてきたため他部門では利用できない。遺産を上手に引き継ぎながら、全部門で利用可能な情報システムに進化させるのが、私の挑戦だった。

 AIGは100カ国超で事業を運営するが、国や地域の洗練度によって技術レベルは当然異なる。事業ごとにロードマップを作り、どのタイミングで、どの技術に投資すべきかを整理した。これもなるべくグループで共通の技術を使うためだ。マップは現実の動きに合わせて3年ごとに見直す。

 ITの要素技術は、1980年代からさほど劇的には変化していない。誰もが同じ要素技術を使いながら、1社は勝ち、1社は負ける。勝敗のカギは、既存技術を組み合わせ、実務上の問題解決につなげられるか否かにある。それを左右するのは事業側の活用能力であり、技術力ではない。

 事業と技術の交流の場として、AIGは年1回社内シンポジウムを開いている。社内システムを運用する部隊、開発する部隊、事業部の幹部たちすべてが集まり、ベンダーも参加する。ここでは技術サイドが事業サイドに対し、実物を示しながら、競争優位に立つ方法、コストを削減する方法、商習慣を最適化する方法などを、徹底的に分かりやすく説明する。ベンダーが直接説明しても、事業側には伝わらない。だから、技術を単純化し、事業戦略の枠組みに落とし込み、事業側がベンダーの助けを得られるよう、両者の間を取り持つ通訳として振る舞うのがCIOの役割だ。

 CIOはビジョナリー(先進的・独創的ビジョンを持つ経営者)でなければならない。近い将来の世の中の変化を予測し、それをビジネスチャンスととらえ、戦略的なIT投資を計画する必要がある。

 今後5年間の注目すべき変化は、仮想化技術(バーチャリゼーション)の進展だと見ている。例えば、音声と3次元アニメーションの技術が進化し、ゲーム産業が金融機関のユーザーインタフェースに多大な影響を及ぼすようになる。また、携帯電話とiPodに慣れた世代が大量に就職するので、職場環境は柔軟になり、在宅オフィスも急速に広がる。

 仮想化技術の進展は、経営資源へのインパクトも大きい。コールセンターやデータセンターなどのインフラは仮想的に統合され、自社設備が余れば貸し、足りなければ他社から借りるようになる。ベンダーなどに外部委託する業務も増え、企業組織はお互いに浸透し始める。あたかも代理店に仕事を頼むように、フレキシブルに多様な業務を委託するようになる。従業員は1社に所属している感覚がどんどん薄れていくだろう。

 コモディティー化した経営資源はすべて仮想化技術で変化を強いられる。こんな世界が間もなく到来すると見越して、技術開発を進めている。

マーク・ポポラノ氏 米AIG(アメリカン・インターナショナル・グループ) 上級副社長 兼 グローバルCIO
ニューヨークのブルックリンカレッジ卒、1979年に大手米銀に入行、基幹システムのオンライン化や中国市場でのクレジット・外為システム導入に従事した後、1994年にAIG入社。AIU部門CIO、グローバル(全社)CTOを経て、2000年から現職。データセンター運営子会社の社長も兼任。

平野 日出木(ひらのひでき)
1985年日本経済新聞社入社。自動車、鉄鋼、機械、エネルギー、企業財務、企業統治などの分野を取材。産業部次長を経て2000年に独立。現在「日経ビジネス」など日経BP社の各誌や「AERA」などで執筆活動を展開。早稲田大学政経学部卒、米カリフォルニア大学バークレー校MBA。