岩井 孝夫・佐藤 三智子

パソコンを導入する目的は「パソコンのハードとソフトを導入する」ことではない。当然,パソコンを導入した成果は,ハードとソフトを導入しただけで得られるものではない。パソコンを利用する社員全員が,「何のために使うのか」,「どんな成果を得たいのか」といったことについて共通認識を持つことが何よりも重要である。共通認識を持ち,「使わなければならない」という状態になって初めて,パソコンの利用は始まる。


 パソコンが普及し「一人1台体制」がほぼ当たり前のこととして受け取られるようになった。多くの企業で「生産性の向上」というスローガンのもとにパソコンが大量導入された。だが,実際に有効に活用されているかといえば,まだまだ活用度は低い。

 「これから先,パソコンがなくては仕事をやっていけない」といって導入を急いだ経営者は,大規模な投資の回収はどうか,という意識になっており,活用度の低さに不満を抱いている。

パソコン一人1台体制の罠(1)
操作研修だけで利用が進まず

 中堅商社のA社はシステム化については長い歴史と経験を持っていた。1997年の春までに,懸案だった社内の主要業務のシステム化が完了。次のステップとして,個人業務の生産性向上を旗印に社員一人に1台ずつ,パソコンを配付し,さらなるシステム化を進めることになった。顧客サービスを改善し,新たなマーケティング活動を展開しようという目論見である。今までパソコンは課単位で数台,社員当たりでは3~4人に1台という程度で配備していただけだった。

 A社は,パソコンを98年秋に一人1台ずつ配付することを決めた。配付までは1年半しか準備期間がない。情報システム部は大あわてで社内公開データベースを構築し,情報検索・加工ツールと電子メールを準備した。さらに,データベース利用の手引き(マニュアル)を配付するとともに,各種の研修を実施,オフィス・ツール(ワープロ,表計算,グループウエア)の使い方の講習会も開催した。

 こうしてなんとか98年秋にパソコン一人1台体制にこぎつけた。A社は事前の研修だけでは,全社員がコンピュータの知識を身に付けるまでには至らないと判断。98年秋からパソコンに関するヘルプデスクを設置し,オフィス・ツールの研修会も定期的に開催した。これで情報システム部は社員に対する十分な利用環境を整備したつもりでいた。

 全社員にパソコンを持たせて3カ月,99年早々の役員会でこの情報装備の効果が話題になった。営業担当常務から,「販売部は主に携帯用パソコンを配付したが,どうも常時携帯して使っている社員はいないようだ。パソコンの導入効果が表れるのは,いつごろか」と質問。これをきっかけに,一斉に役員たちが意見を言い出した。

 購買担当役員は「一人1台配付しようということで,これまで使っていたデスクトップ・パソコンのほかにも,相当量のノート・パソコンを支給したはず。しかし,部員が机上でノート・パソコンを使っている気配がない」と疑問を呈した。さらに,業務部門担当役員からは「一人1台のパソコン配付で相当額の費用が発生した。この費用を回収する見通しはどう考えたらいいのか」といった質問が出た。

 情報システム担当の常務はこれらの意見に対する回答を用意し,3カ月後の役員会で報告することになった。早速,情報システム部長を呼びつけ,パソコン利用の現状と見通しを聞いた。

 公開データベースへのアクセスは昨秋の運用開始後,1カ月ほどは比較的多かった。だが,その後アクセス数は暫減していき,今では社員一人がデータベースを利用する頻度は平均すると一月でわずか0.5回程度になった。これでは活用されているとは言い難い。

 情報システム部長の報告を聞いた常務はがく然とした。気を取り直すと矢継ぎ早に情報システム部長に質問を浴びせた。「これはうまくいっていないことを意味しているのではないか。もし成功しているというなら,どのようにその評価を下しているのか」。「失敗なら,その原因はどこにあるのか,改善の手はどのように打つのか」といった具合である。

 情報システム部長の答えがこれまた,常務が思いもかけぬものであった。「個々人の生産性については,どのような尺度で生産性を評価すべきかきちんとした基準がもともとない。したがって成果の評価は困難である。利用が活発であるとか,ないといった情緒的な基準で評価することはできない」。

 さらに情報システム部長は常務へ切り返した。「情報システム部は西暦2000年問題を抱えて極めて忙しい。にもかかわらず,公開データベースの構築,検索活用ツールの整備,研修実施,ヘルプデスクの設置など,やれることはすべてやった。手落ちは全然ないし,むしろ誉められてしかるべきだ。利用が活発にならないので成果が上がらないというなら,その責は現場部門が負うべきだ」という返事であった。

 やむを得ず常務は現場部門の担当である販売部長や業務部長と意見交換をしてみた。彼らは「コンピュータ知識を伝えて,道具を渡した,それを使いこなして成果を上げるのは現場の責任,と言われても困る」と反論してきた。常務は対立する意見を前に,事態をどう整理して次の役員会になんと報告すればよいかと悩んでいる。