3月下旬の夕方,中国で,筆者はある日系ITベンダーの社用車であるバンに乗り込んでいた。中国に進出した日系企業の情報システム戦略を取材するべく現地へ飛び,2週間に渡っていくつかの都市を回った。そのベンダーの紹介で日系メーカーに取材をしたあと,次の目的地に向かう列車が出発する駅まで,同乗させてもらったのだ。車内では,ベンダーの若手中国人エンジニア数人と運転手が,何やら大声でひっきりなしに会話をしている。中国語がわからない筆者が窓の外をぼんやり眺めていると,車内で唯一日本語を話せる李(仮名)さんが話しかけてきた。「福田さんは,中国は何度目なのですか?」。

 筆者が,中国は初めてだと答えると,李さんは駅に到着したら切符の販売窓口まで案内することを申し出てくれた。筆者はこの2週間,中国語は皆目わからなかったものの,何とか予定通りの取材活動をこなすことができていた。しかし,案内してもらえるのならそれに越したことはない。親切な李さんに興味がわいた筆者は,質問をしてみた。「李さんは,なぜこの会社に勤めているのですか?」。

ステップアップできることが魅力

 李さんは,中国人エンジニアを管理しながら,日系企業向けに製品を販売・導入する営業担当者兼エンジニアである。流ちょうな日本語を使って,日系企業の情報システム担当者と直接やりとりすることが多い。その日系ITベンダーに勤める中国人エンジニアの多くは李さんと同じ20代で,そのとりまとめ役でもある。

 出身は西安。大学を卒業後は,広州市内にある日系企業の工場で情報システム担当として働いていたという。「動きが速いIT業界で働きたいと考えて,この会社に転職しました。欧米や日本のIT企業は,どこも人気が高いですよ」と李さんは笑う。

 思い切って転職したことで,給料は大幅にアップしたのかと聞くと,「いえ,給料はそれほど変わらないですね。むしろステップアップできる,ということが魅力でした」と,サラリと返事が返ってきた。IT担当者は,日本でさえキャリアパスを描きにくいのが現状。中国にある日系企業の工場のIT担当者が,自分の未来に閉塞感を感じるのは無理もないかもしれない。

 それにしても日本語が流ちょうだ。どこか日本の大学に留学でもしたのかと聞く。すると「日本語は大学で専攻していました。でも実は,まだ日本に行ったことはないのです」との答えだった。そうなのだ。2週間の中国取材期間中に話をする機会があった中国人には,驚くほど日本語がうまい人が何人もいた。しかしその多くは,日本に行った経験がないと口を揃える。学習能力の高さがうかがえる。

“サービス不在”の解消は時間の問題

 考えてみれば,20代にしてITの専門知識を持ち,それに加えて他国の言語を自在に読み書きできる人材ならば,日本では引く手あまたである。日系企業で働くことができる中国人は,かなりのエリートといっていい。

 日系企業のある経営者は,「日本語を話せるITエンジニアは,転職するたびに給与が1.5倍になる」と打ち明ける。ビジネスの規模が拡大し,システム投資を増やす傾向にある日系企業や,それを支援する日系ITベンダーにとっては,のどから手が出るほどほしい人材なのだ。

 その一方で,中国の現地ITベンダーに対する日系企業の評価は,おおむね低かった。「中国人エンジニアは,ITの技術的な知識は豊富で開発力がある。しかし,システムを作ったら作りっぱなしで,サービスとかサポートという考え方が定着していない」という。日系ITベンダーの緻密なサービスに慣れている日系企業にとっては,中国ITベンダーのサービス品質は物足りないのだろう。

 しかし,日系ITベンダーが抱えている人員も,実態としては9割以上が中国人エンジニアである。李さんのように,中国の中でもエリートといっていい人材が日本流のサービスを徐々に習得し,ノウハウを学びつつある。中国の成長力からすると,中国ITベンダーが日系ITベンダーに,サービス力の面でも近づいていくのは間違いないだろう。