岩井 孝夫・佐藤 三智子

どれほど立派な情報システムを完成させても,実際の利用者が「このシステムを使おう」という気持ちにならなければ,本当の意味でシステムの活用は始まらない。現場の利用者を「その気」にさせるために必要なことは,利用者に対する十分な気配りと目配りである。皆がよく使う検索パターンを登録するといった使いやすさの工夫,かゆいところに手が届く教育,クレームへの素早い対応など,教育・運用面の配慮が必要だ。


 「情報システムを活用させる」という言葉には,奥深いものがある。コンピュータの専門家としては,情報システムを設計・開発して現場の利用部門に引き渡すと,それだけで情報システムが完成したような気分になる。しかし,実際はその段階から,情報システムの「活用」が始まる。情報システムの担当者は,設計・開発時の苦労にもまして,活用というこれまた辛苦の作業の幕が開くのだという認識を持っておくべきである。

システム活用の実態(1)
東阪で活用度合いに大差

 個人住宅の仲介販売を行っているA社は98年春から,新しい販売支援システムを稼働させた。営業担当者全員にノート・パソコンを持たせ,サーバー上にある物件情報データベースを参照可能にした。常に最新の情報を見ることができる上,異なる不動産業者が同一の物件を扱ったり,販売済みの物件を再販するような事態を防止できるようにした。加えて,関連した仲介業者情報や物件周辺の地図情報まで検索して表示可能にした。

 営業担当者は,見積書,契約書など不動産販売に関連する書類を新システムを使って作成できる。日常の活動を日報として上司に電子メールで送ることで,上司から適確な指示をもらえるようになる。他の営業担当者もこの日報情報を活用できる。新システムはこうした意欲的な機能が盛り込まれていた。

 販売支援システムの稼働に備えて,A社は営業担当者に向けて,新システムの機能と操作方法を説明する2日間の講習会を複数回開催し,全員に受講させた。さらにノート・パソコンを有効利用するため,ワープロや表計算ソフトの活用方法を教える一日コースの講習会も開催した。講習会では,あらかじめ用意しておいた覚書き,見積書,契約書など不動産販売に関連する書類のテンプレートの便利な使い方,表計算ソフトを使った交通費精算の方法などを教え込んだ。

 A社はまず東京地区から新システムを導入し,3カ月遅れで関西地区へ導入を図った。東京地区は物件の数も営業担当者の数も多いので,情報システム部が直接,利用者をバックアップする体制を取った。関西地区に関しては,営業部長に頼み込み,ベテランの営業係長をシステム化リーダーとして任命してもらった。この係長が現場の営業担当者から,新システムに対する意見や質問を吸い上げるようにした。 

 システムが導入されて10カ月ほどたった時,情報システム部の課長は販売事業部長から呼ばれ,こう言われた。「今春から稼働した販売支援システムは関西地区ではよく使われているが,東京地区では活用度合いが非常に低い。相当額の投資をしたシステムにもかかわらず,営業のメインである東京地区で使われないようでは意味がない。当社の業績向上に不可欠なシステムであるので,早急に実情調査をして状況を改善してほしい」。

 情報システム部の課長があわてて調べてみると,確かに販売事業部長の指摘通りだった。東京地区は稼働してから3カ月ほどは頻繁に活用していたものの,それ以降は活用度合いが向上している気配は見られない。それに対し,関西地区は最初の3カ月は東京に比べ利用度合いが低かったが,稼働後4カ月を過ぎたころから徐々に利用件数が増え,現在では東京地区を上回る頻度で活用されていた。

 システム自体は安定稼働しているし,教育もどちらの地区でも怠りなく実施した。あとは慣れの問題でシステムの活用は向上していくと信じていた情報システム部の課長にとって,東阪の格差は予想外の問題だった。早速,情報システム部は営業部長の了解をもらって,営業担当者を中心に販売支援システムについてのアンケート調査と一部ヒヤリングを実施した。

 その結果,システムの問題点としてまず応答速度の遅さが挙げられた。デスクトップ・パソコンでシステムを利用しているときは,まずまずの応答速度であるが,ノート・パソコンで利用すると遅くなる。極端な場合には次の画面に移るまでに2分もかかっていたという。

 さらに,営業担当者はいくつもの問題を指摘した。システムを使用するまでの手順が煩雑であり,外出先でノート・パソコンを使う気分にならない。ノート・パソコンは常時携帯するには重い。物件情報データベースの内容が整備されておらず,情報の重複や誤った情報の放置,内容訂正の不備といった情報活用上の問題も多く発生している,という具合である。