情報システムを実際に使う利用者の声は,「神の声」であり,できる限りその声を聞き,その実現に努力することが重要である。しかし,利用者は無意識のうちに自分の所属する部門や部署を中心に考えてしまい,自己中心的な要請を出しがちだ。したがって,情報システムを構築する担当者は,神の声といっても,この神様は自己中心的で局所的にものごとをながめることも多いと受け止め,神の声と単なるわがままを分別すべきである。
「情報化」や「システム化」がどういうことなのかを本当に理解している利用者は案外少ない。たいていは,自分が今担当している仕事が楽になるとか,処理が早くなるとかいった観点でしか情報化を捉えていない。
したがって,利用者が出してくる要求は,公平無私なものばかりではないし,大局的に考えた上での要請や意見となっていないものも多い。神の声とその中に含まれるわがままを混同したまま,システムを開発すると結局,会社全体から見ると非常に使いにくいシステムができ上がる。
神の声とわがままの混同(1)
ベテラン社員しか使えない
日用雑貨メーカーのA社で購買・物流システムの見直しが始まった。今まではシステムといっても,定型帳票が定期的に出力されるくらいで,かなりの手作業が残っていた。このため実際の業務処理は購買・物流本部のベテラン課長が一人で切り盛りしていた。
しかし,A社の取扱量が増え,手作業では追い付かなくなってきた。さらにA社はこれまでの売り上げ至上主義から利益指向へ転換しようと考えていた。このため,購買も物流も,生産計画と密接に連動させて無駄なく処理していかなければならない。そこで,さまざまなチェックを自動的にできる購買・物流システムの実現が急務になった。
購買・物流本部長が情報システム部に一つだけ強く要望したことは,「使いやすいシステムにするため,ユーザーの要望を極力取り入れること」であった。本部長は実務を担当してきたベテラン課長に,情報システム部と一緒に,新システムの企画・構築を担当するように命じた。
情報システム部はプロトタイピング方式で全面的にベテラン課長の希望を取り入れて開発することにした。システムの仕様はもっぱら,ベテラン課長が決め,今まで彼が自分で表計算ソフトなどを駆使して作っていた帳票類も新システムに取り込んだ。
特にベテラン課長が強調したのは,「何画面も見なければいけないシステムは面倒だし,手間もかかる。一つの画面でさまざまな情報が分かり,処理も1画面でできるものにしてほしい」ということだった。また,「帳票をあまりたくさん出すとかえって見落とすので,できる限り少なくしたい」,「データ入力の順序もあらかじめ決められるとやりにくいから,どの画面からでも臨機応変に入力できるようにしてほしい」という要請も出た。
情報システム部は技術的にどうしてもできないもの以外はベテラン課長の要請のほとんどを仕様として取り込み,システムを開発していった。
システムは無事に完成し,多少の混乱はあったものの順調に稼働し始めた。ところが,しばらくして,たびたび問題が発生した。しかも,ほとんどが帳票のチェック・ミスやデータ入力の間違いなど,新システムの使い方に関する問題だった。調べてみるとベテラン課長が要求して実現した機能が次々に裏目に出ていたことが分かった。
1画面にさまざまな情報を盛り込んだことは,業務に熟達したベテラン課長にとっては効率的でも,業務に慣れない担当者にとってはチェック・ミスにつながった。データ入力の順序を自由にしたことで,現場の業務の流れに合わない入力も可能になり,かえって現場業務に支障をきたした。
つまり新システムはベテラン課長個人の好みが反映されたシステムになってしまった。しかも,ベテラン課長の手作業がシステムに置き換わっただけというレベルにとどまっており,A社全体の購買・物流システムの水準に至っていなかった。
情報システム部は本部長の指示通りに,ユーザーの意見を100%取り入れた結果,こうした事態を引き起こしたことにがく然とした。この新システムをどのように改善していくか,まだ目処はたっていない。