日本では昔から「水と安全はタダ」といわれてきました。安全はともかく,水道料金は他の公共料金と比較してかなり安く,コスト管理ではその重要性が疎(おろそ)かにされている面があるようです。

 今日は「水」を会社の重要戦略として位置づけているG社への訪問です。質問魔である筆者を敬遠する企業が多い中で,G社の技術者であるW氏は筆者をいつも歓待してくれます。

 水まわりがコスト管理にどれほど重要であるかを教えてくれたのも,W氏でした。

 G社では,水に巨大な圧力をかけ,ジェット水流で材料を切断する機械装置を使用しています。水力発電のように膨大な流量を必要とせずに,水に圧力をかけることによって力学的エネルギーへと転換させる工法です。

「タカダ先生,水というのは圧力や流量以外に,水質維持や貯水などによって価値を高めるため,相応のコストを投入して生み出されているのを,ご存じですか?」
いえ,恥ずかしながら,よく知りません。

「例えば首都圏の上水道で1立方メートルの水を作るには,毎時1キロワットの電力を必要とするんですよ」
W氏の説明によると,これから夏場に向けてエアコンの稼働時間を1時間だけ短縮して1キロワット相当の電力料金を浮かせたとしても,1立方メートルの水を洗車に使ってしまえば,エネルギーの節約にならないのだそうです。

 なるほどぉ。コスト管理というのは,環境にも配慮した発想が必要なんですね。

「機械装置や社用車を洗うのに,工業用水で済むものを飲料用の水道を使ったりしている会社などは言語道断ですね」
ふむふむ,空を見上げて地球温暖化を嘆くばかりでなく,足許で取り組むべきことがあるようです。

「ところで,タカダ先生,『水のクローズド・システム』というのをご存じですか?」
これは一度使った水を再利用する仕組みだそうです。システムだからといって,ITの専売特許ではないようです。

 クローズド・システムの一例として,W氏はG社の書庫から,旧ニッポン海軍の手引き書を持ち出してきました。

 こ,こいつは,すごい。古書蒐集マニアからすれば,垂涎(すいぜん)の一品です。W氏は無造作に手引き書をめくり,「水の管理」と題された箇所を指し示しました。

手順1:最初に顔を洗い,次に手を洗う
手順2:衣類を洗濯した後で,足を洗う
手順3:最後に便と一緒に流す

「戦艦のようなクローズド・システムでは,必要とする水の品質管理が重要となります。言い換えれば,水の用途に応じて,水の品質を捉(とら)えていたと言えるのでしょうね」
W氏の説明に感心することしきり。われらがニッポン海軍は,仕事の手順に応じて「水資源の相性」を念頭に置いていたわけです。

 その後,W氏の案内で工場見学をしました。

「私は製品1個あたりのコスト計算なんて,まったく知りませんがね。その代わり,工場内のすべての作業ごとに必要な水の質と量を調べ回ることで,相応のコスト管理を実践しているつもりです」
W氏が示した先に,全自動洗濯機が置いてありました。

「洗濯機には,洗い→すすぎ→脱水の各工程がありますが,最初の『洗い』の最適時間はどのくらいだか,ご存じですか?」
その洗濯機の表示を見ると,「洗い」の箇所は最長で12分まで設定できるようになっていました。

「しかし,洗いに12分もの時間をかけるのは長すぎます。通常はその半分(6分間)でかなりの汚れが落ちるんですよ」
W氏は手近のメモ用紙をとり,横軸に時間,縦軸に洗浄度をとって,曲線を描きました()。

図●洗濯における洗浄度と時間の関係
図●洗濯における洗浄度と時間の関係

「洗い出してから5分くらいまでは,この曲線はほぼ右上がりの直線を描きますが,それを超えると頭打ちになっていきます」
これは経済学でいうところの「規模に関する収穫逓減」というヤツですね。

「そうそう,その『収穫逓減現象』は洗いだけでなく,すすぎや脱水にも当てはまるんです」
W氏の説明によれば,すすぎの完了時点を見極める作業で最も難しいのは「泡」の判断だそうです。

 そういえば,洗浄の泡と,水膜の泡とは区別がつかないですよね。

「5分ほどすすぎを行なったところで洗濯機を止めると,水膜の泡ははじけて消滅します。pH値も,ほぼ中性の値を示すんですよ。だから,それ以上,洗濯機を動かすことはコストの無駄なのです」
うーむ,タダの水の話なのに奥が深い。


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■高田 直芳 (たかだ なおよし)

【略歴】
 公認会計士。某都市銀行から某監査法人を経て,現在,栃木県小山市で高田公認会計士税理士事務所と,CPA Factory Co.,Ltd.を経営。

【著書】
 「明快!経営分析バイブル」(講談社),「連結キャッシュフロー会計・最短マスターマニュアル」「株式公開・最短実現マニュアル」(共に明日香出版社),「[決定版]ほんとうにわかる経営分析」「[決定版]ほんとうにわかる管理会計&戦略会計」(共にPHP研究所)など。

【ホームページ】
事務所のホームページ「麦わら坊の会計雑学講座」
http://www2s.biglobe.ne.jp/~njtakada/