ガートナー ジャパン リサーチ部門リサーチディレクター 足立 祐子 氏 足立 祐子 氏

ガートナー ジャパン リサーチ部門リサーチディレクター
グローバルソーシング、ネットワークインテグレーション、ITインフラを中心にITサービスを分析・提言。国内格付け会社、メーカー財務企画室を経て現職。

 「TAM」という言葉をご存知だろうか。TAMとはTotal Addressable Marketの略称で、「さまざまな条件が満たされたときに実現される、あるプロダクトの最大の市場規模」を指す。アナリストが重視する指標の一つである。

 例えばパソコンでは人口をベースとした普及率が市場の目安になる。全員がパソコンを使うことはないので、ある一定の年齢層を潜在ユーザーとして切り出し、さらに所得層、職業層などを特定し、全員がパソコンを購入した場合の市場規模をTAMとする。このTAMに対し、どのくらいの達成率にあるのか、クリアすべき条件は何か、どのタイミングでクリアできるのか、という議論を重ねて予測が完成する。

 TAMの概念は、日本向けのオフショアリソースを把握するうえでも有効だ。各国のオフショア人材の規模は技術者総数や労働力人口で語られることが多いが、実は問題が多い。例えば2006年のインドのオフショアサービス従業員数は、インドソフトウェア・サービス協会(NASSCOM)によれば93万人だが、日本向けのリソースは数千人にすぎない。オフショアリソースの把握には、日本向けのサービスに従事する能力と環境、意思を持つ人口、つまりTAMを読み取ることが重要なのである。

 では実際にTAMの考え方を用いて、ベトナムのオフショアリソースを見てみよう。まず、2006年末のベトナムの人口は8340万人。労働力人口は4300万人である。IT技術者は10万人前後と考えられる。IT関連政策、各産業での人材需要、教育機関の技術者輩出能力などの要素を織り込むと、2006年から2010年にかけて新たに7万人の専門訓練を受けたIT技術者が誕生し、2010年にはIT技術者の総数は約18万人規模に達するというシナリオが描ける。

 次にオフショア向け、さらに日本企業向けのリソースを算出する。ベトナムはインドのように内需が小さくオフショア受託を重視すると考え、新規に輩出される技術者の約90%がオフショア向けと仮定しよう。また日本向けには、現時点ではオフショアリソースの5%程度だが、中国と同様に日本語教育などが充実し、日本への人気が高まる結果、新規オフショア技術者の40%が日本向けサービスを希望するようになると仮定する。

 この場合、2006年以降の5年間で日本向け技術者の数は2万人増加し、2万2000人を超える規模になる。ただし、ベトナム企業に対するインド系プロバイダの影響力や日本向けサービスの提供企業数を考えると、40%という水準は極めて楽観的であり、日本企業にとってのTAMはもっと小さくなるかもしれない。

 日本企業のオフショアリングは、ともすると「人月」目標が先行しがちだ。しかし、これは賭けに近い。TAMに基づいて育成できるブリッジSE数を推計し、他社の進出計画と照らし合わせることで、現実的に活用できる技術者数と必要な投資規模を割り出すことができる。これにより、事前にラフな投資対効果を見積もることも可能になる。ベトナムの優先度が高ければ方策を強化し、TAMを広げるよう先手を打つこともできる。

 より確実な成果を得るためには、達成可能な水準に立った目標と戦術を設定するべきである。オフショアリングにおいてもTAMの概念はおおいに役立つだろう。