岩井 孝夫・佐藤 三智子

情報システムは企業を改革するためのツールである。ところが往々にして「改善」と「改革」を混同し,本来は「改革」しなければならないのに,お金がかかりすぎるという理由から,経営トップが「改善」で収めてしまうケースが多く見られる。「改善」を目的として作られたツールを使い続けても,決して「改革」にはつながらない。「改革」は経営トップが率先して進めなければ決してできない。


 仕事のやり方を根本的に見直す「改革」と,従来の仕事のやり方を踏襲する「改善」はまったく違う。当然,改革をするのか,改善をするのかで,構築すべき情報システムの内容は変わってくる。しかし,実際には経営トップと現場,情報システム部の間で,改革と改善のどちらを目指すかが徹底されていないことが多い。

改革と改善のギャップ(1)
現場が経営陣の意向を理解せず

 「これでは今までの手作業をコンピュータにやらせるだけじゃないか。いったい何が変わるというんだ」。中堅建設会社A社の経理担当副社長が思わず声を荒げた。しかし,怒られている経理部長や課長たちは何をどうしていいか,分からないといった顔をしている。

 副社長が経理システムの全面再構築を提案したのは,およそ3カ月前である。全社で統一した標準の帳票を採用し,小払・出納・一般会計のやり方まで共通化して,最終的に決算処理までデータを連動させようという狙いだった。これまでA社は市販の経理パッケージ・ソフトを採用し,パッケージで処理できない部分については手作業を残していたほか,社内の部署によっては独自の帳票を利用していた。

 新経理システムの検討は,経理部長をリーダーに,経理課長以下数人の経理部メンバー,A社の情報システム部のメンバー,さらにA社と付き合いがあるソフト会社からなるプロジェクト・チームで進められた。まず現行の経理システムの問題点を洗い出し,その問題点を解決するための新しい経理業務手順を想定し,それから新システムの仕様を検討していった。

 開発コストを節約するために,A社の情報システム部は,複数の経理専用パッケージやERPパッケージ(統合業務パッケージ)を検討し,A社の新しい経理業務手順に一番近い製品を採用する案を出した。その上で情報システム部はコストの増加を防ぐため,パッケージに合わない業務については,業務のほうを変更したいと表明した。

 システムの実際の検討は経理課長以下のメンバーが行い,経理部長は月1回のミーティングに出席するだけだった。しかも,決算期をはさんだ時期に経理部長はミーティングにも出席できなかった。システムの検討がだいぶ進み,要求仕様がほぼ固まった段階でメンバーから報告を受けた経理部長は,構築予算のりん議を通すために,経理担当副社長に報告に行った。そこで冒頭のような叱責を受けてしまった。

 副社長が思い描いていた新システムは,単に業務が効率的になるとか,省力化ができるといったレベルのものではなかった。副社長は経理のルールや仕組みをもう一度考え直し,今後の環境変化に柔軟に対応できるまったく新しい経理業務を描きたかった。

 新しい業務のやり方に変更することで,一時的に不便になったり,現場の作業負荷が増えることがあっても,将来を考えて今,方針を変換する必要があれば改革を断行すべきである,と副社長は考えていた。必要なら全社に号令を出して新しいやり方を徹底することも辞さないつもりだった。

 ここまでやるとなると当然,システムもパッケージを利用するのではなく,一から作り上げていかなければならない。業務をパッケージに合わせるなどはもってのほかであった。

 しかし,経理部長以下,検討メンバーは副社長の意向に対し,今一つピンときていない。メンバーがまとめたシステム構想で現状の問題のほとんどは解決できるし,システム構築の費用も妥当である。副社長の言うようなシステムを一から開発したら,相当な開発費が必要になる。検討メンバーはこう主張して,副社長と数回話し合ったが,いまだに副社長は納得しない。