SEも企業社会の一員である以上,無数に存在する正論や常識を守ることが求められる。しかし,その正論や常識がすべて現実のSEの世界で通用するかというと,必ずしもそうではない。特にトラブルシューターには,決してうのみにして欲しくない正論がある。今回はそんな有害な“正論”を2つ紹介しよう。

 第1は「仕事は部下に任せよ」というものだ。誰しもSEを何年か続けていれば,数名の部下を持ち,管理職としての責務を負うようになるだろう。このとき多くの人は,管理職の心得として,まずこう言われるはずだ。「何もかも自分でやるのではなく,部下に仕事を任せて育てることが君の仕事だ」と。

 一見,正論である。しかし,トラブルシューターに関する限り,これは必ずしも正しくない。筆者はむしろ,真実は逆だと考える。「部下任せにするのではなく,仕事は自分の手でやれ」と。

 もちろん,何もかも自分でやれと言うつもりはない。部下に任せる仕事もあっていい。しかし,自分の得意な仕事や極めて重要な仕事は,決して部下に渡してはならない。そのような仕事は,自分自身が握って離さないことだ。システム障害への対応を例に挙げると,単純な障害なら部下に任せてもよいが,重大な障害は何としてでも自分の手で解決するべきである。

 悪く言えば,「おいしいところは自分のためにとっておく」。姑息な考え方と思われるかもしれないが,職人の世界ではごく当然のことである。

 技術者の場合,自分の腕一本で食べているのだから,自分だけが持っている知識やスキルを,簡単に他人に伝授してはいけない。職人に上下関係はない。上司も部下も全員がライバルなのだ。教育の名のもとに安易に極意を伝授してしまったら,いずれは部下に取って代わられ,泣きを見ることを覚悟しなければならない。

 危うい正論の第2は,「ホウレンソウ(報告・連絡・相談)を欠かすな」というもの。多くの新入社員は,「悪いニュースほど早く上司に知らせて判断を仰げ。決して自分で判断してはならない」と,入社時に教わるはずだ。

 これは,新人にとっては真理かもしれない。だが,経験を積んだ中堅SE,特にシステム障害を担当するトラブルシューターにとっては,やはりこれも有害な正論だと筆者は考える。

 問題が起きたら,自分が“壁”となって問題の拡大をせき止めることを第一に考えるべきだ。できれば上司の耳に入れる前に解決してしまう。そのくらいの気概を持って,障害対策に当たって欲しい。筆者がトラブルシューターとして過ごした長年の経験から,何でもかんでも上司に連絡して判断を仰ぐ,という受け身の姿勢は感心しない。

 「些末なことで上司の手を煩わせたくない」という気持ちもあるし,「主人公はあくまでも自分であり,上司の手柄にはしたくない」という気持ちもある。だが,それ以上に,トラブルシューターには,「システム障害に関する限り,自分が最後の砦だ」というプライドを持って欲しいのだ。

 こうした考えが,時には裏目に出ることもあるだろう。自分の手で解決することにこだわった結果,障害がさらに悪化したり長期化したりするかもしれない。そうなれば,もちろん上司も責任を問われる。だからこそ,トラブルシューターはプロとして障害の質を厳格に見極め,最悪の場合を想定して判断を下す必要がある。

 そのことを押さえたうえで,あえて言わせてもらえば,トラブルシューターには,「たとえ判断が間違って自分の人事評価が下がっても,それが何だ」という気持ちで仕事に取り組んで欲しい。上司に障害を報告せず,わずか一昼夜,手元に情報を握っただけでガタガタ震えるような小心者には,絶対に務まらない。一匹狼こそが,トラブルシューターの真髄なのである。

岩脇 一喜(いわわき かずき)
1961年生まれ。大阪外国語大学英語科卒業後,富士銀行に入行。99年まで在職。在職中は国際金融業務を支援するシステムの開発・保守に従事。現在はフリーの翻訳家・ライター。2004年4月に「SEの処世術」(洋泉社)を上梓。そのほかの著書に「勝ち組SE・負け組SE」(同),「SEは今夜も眠れない」(同)。近著は「それでも素晴らしいSEの世界」(日経BP社)