オフショア開発では、日本の外注では予期できないリスクと常に隣り合わせにある。リスク発生時の損失を最小限に抑えるためのマネジメントが必要になる。「何とかなるだろう」と考える人も多いが、コントロール外の部分については残念ながら、どうしようもないことがある。

 リスクは、それが起こるとマイナス影響を与えるにもかかわらず、起こるかどうかは不確定であり、しかも思いもよらない時に突然やってくる。オフショア開発におけるリスクも広範囲にわたる。たとえ小規模なプロジェクトであっても、テロなどのカントリーリスク、SARS(重症急性呼吸器症候群)などの感染症リスク、通貨暴落・為替変動・金融税制などのファイナンスリスクなどが潜んでいる。

 筆者もこれまでに色々なリスクを経験した。SARSや鳥インフルエンザが流行し渡航できなくなりプロジェクト推進に支障が生じたり、大型プロジェクトがあと1カ月で完了という時に委託先の中核プロジェクトリーダーが退職を申し出たり、開発中のソフトの不具合が収束しない中、先方から突然に「プロジェクトを止めさせてくれ」と言われたりもした。

リスクには見返りも、避けるだけが得策ではない

 これらのリスクと付き合うのがリスクマネジメントだ(図1)。対応策には(1)リスクの回避=リスクがない選択肢を選ぶ、(2)リスクの最小化=リスクが小さい選択肢を選ぶ、(3)リスクコントロール=リスクを考慮して積極的に制御する、がある。通常は、リスクは回避すべきと考える傾向が強いが、リスクには見返りがあることも多く、必ずしも避けるだけが得策ではない。むしろ、リスクを前提に日本側で人材や対策を用意し、非常事態をコントロールする努力が大切だ。

図1●リスクマネジメントの範囲と対応策
図1●リスクマネジメントの範囲と対応策

 最近、浮上してきたリスクが、テロの発生やSARSの流行だ。日本人や海外の技術者らが国境を越えて移動できなくなりオフショア開発に影響がでる。日本の場合、ブリッジ機能を果たす人材が日本と委託先の間を行き来してプロジェクトを進めることが多いだけに問題だ。インターネットなど通信を活用したり、現地にも日本と同じ開発環境を用意したりするとよい。

 オフショア開発で最も大きなリスクの一つが、管理者や技術者の離職だ。離職の理由は、報酬、技術習得、企業の魅力、独立など実に様々だ。離職状況を定期的に分析し傾向を測り、引き止めるべき人材と辞めてもよい人材を考慮した対策を打つ。ただ種々の引き止め策のいずれもが完全な対策にはならない。離職は避けられないことを前提に(1)知識やノウハウのナレッジ化、(2)契約により最低従事する期間の明示、(3)退社時の代替策を考える。

 もう1つの大きなリスクが、海外市場ではビジネスの動きが早いことだ。委託先に別の企業が出資したり、取引先が別会社に買収されたりが頻繁に起こる。出資や買収で新技術を獲得したり短期で事業を拡大したりする考え方が強いからだ。ある海外ソフト会社A社はB社に買収され、A社に委託していた日本企業はプロジェクトを打ち切られた。海外ソフト会社C社は、別のソフト会社数社を統合し新会社を設立した。経営方針は引き継がれたものの、C社の事業規模が大きくなり大型プロジェクトを追求し小さなテーマには興味を示さなくなった。

 これから大きなリスクになるのが、技術やノウハウの海外流出だ。委託先がそれらを吸収すれば、彼らが市場での競合相手になる。日本企業は海外からの質問や問い合わせに対し、言われるがまま安易に機材や技術を提供する例が少なくないが、今後は慎重な対応が求められる。最近は電子情報が増え、流出リスクが増大している。また、営業や技術ノウハウなどの多くは非電子情報だが、会議などを通じて流出する。リスク対策としてセキュリティ管理が重要になる(図2)。

図2●情報、ノウハウの流出に備え重要になる電子的なセキュリティ
図2●情報、ノウハウの流出に備え重要になる電子的なセキュリティ

 以前、欧米の専門企業とやり取りした際は、契約にとてもうるさいだけでなく、機密情報の流出を防止するために従業員1人ひとりにすべてが分からないようにコントロールできる仕組みを作っていた。契約だけで相手を完全に縛ることは難しい。

一極集中避けるマネジメントの先に世界がある

 リスクマネジメントに向けた日本側の対応策として有効なのは(1)複数の委託先を保有する、(2)委託先との資本関係を強化する(出資や役員の派遣)、(3)人間関係を築く、などだ。いずれも実行は容易ではないが、リスク回避のためには避けられない。

 加えて、これから重要度が増すのがナレッジの蓄積・体系化だ。例えば、教育研修期間をナレッジを活用して短縮し、人材を早期に戦力化する。ビジネスエリアのナレッジは属人的な部分が多く一般化は難しいものの、特定の人材に依存しない体制を築くためにもナレッジ構築は不可欠だ。要求仕様書や設計書、議事録やメール、Q&A記録なども重要なナレッジの材料だ。効果的に再利用できる仕組みを検討する必要がある。

 オフショア開発を計画し軌道に乗せるには、計画と実績の差異を分析し、そのマネジメントノウハウを蓄積することが重要だ。特にアジア諸国では、経済が急成長しているだけに、その影に様々な問題が潜む。1つの国、1つの会社、1つの拠点に集中させず、分散して委託する必要がある。

 委託先の分散は教育や管理に手間が掛かる。そこをどう標準化し、マネジメントできるかがオフショア開発成功のカギを握る。それが実現できればグローバル市場への対応力が自ずと高まる。オフショア開発を軸に、グローバルな市場の変化に柔軟に対応できるマネジメント体制を確立し、業績向上の実現や新たなビジネスモデルへの挑戦を期待したい。

岡崎 邦明氏 米グローバルブリッジインク社長
日本のハイテクメーカーで海外事業展開と、インドや中国などでのオフショア開発を指揮。2002年に独立し、グローバル展開に向けた海外オフショア開発に挑む日本企業を支援している。