日本では、委託元と委託先が契約書の作成を後回しに目前のプロジェクト達成にまい進するケースが多い。そして成果物が出る頃に、形として契約書を締結する。しかし日本のビジネススタイルをそのまま海外に持ち込み、契約を軽視していてはオフショア開発では後々、問題を抱えることになる。

 調達マネジメントにより委託先が決まれば次は、契約締結から、実行、完了までの“契約”をマネジメントする必要がある(図1)。「とりあえず委託業務を進めよう」といった考え方でオフショア開発に取り組んでは、実際に次のような問題が発生する。

図1●契約マネジメントの範囲
図1●契約マネジメントの範囲

 両社のトップ同士がどんぶり勘定で委託内容および金額を口約束で決め、担当者にソフト開発委託の実務を進めさせる。そのうちに仕様変更依頼が入る。プロジェクト(仕様・納期・金額)の見直しが必要だったが、契約に反映せず開発をそのまま進める。そして変更などに起因して開発が遅れるが、何とか完了間近までこぎつける。さて支払いの段になり委託先から「これだけの金額を払ってほしい」と要求される。日本側はあわてて値下げしてもらおうと、あの手この手と交渉し、何とかその場を切り抜ける。だが、その値下げ分は、知らないうちに後々のプロジェクトにアドオンされ、結果的に高くつくことになる。

“成功”を前提にした契約には不備が多い

 事業状況や仕様などは常に変化し、人間の意識も変化に応じ微妙に変わっていく。変化が発生した段階で、契約書や議事録などの文書をまとめ両者で確認・合意すれば問題発生は防げる。懸念事項をうやむやにしておくと、問題が顕在化した時は手遅れになる。早めに委託先と打ち合わせ、議論することが大事だ。そこでもんでおけば、相手側の認識も深まり両者が解決の方向に動ける。打ち合わせの議事録も契約の1つなのだ。

 グローバルビジネスの契約ステップはこうだ(図2)。

図2●契約プロセスで発生する種々の契約書
図2●契約プロセスで発生する種々の契約書

(1)技術・取引検討段階で機密保持契約書(NDA)を締結する

 打ち合わせや資料提出を通じて両社の機密が外部に漏れないようにする。日本は訴訟社会ではないので機密保持に関する認識が甘い。日本の機密保持契約では「いかなる本機密情報も開示しないことに合意する」「機密情報保持のため有効な予防策を講じる」など精神論的は表現が目立つ。具体的対応の記述や、それを破った時の縛りがない。欧米では機密保持契約書を会社間だけでなく委託先企業と従業員の間でも締結させることも多い。担当者の競合他社への転職に対する制限や、問題発生時の責任境界などが細かく、かつ具体的に記載されている。機密保持契約書は後に、基本契約書に含める場合が多い。

(2)委託先(調達先)と実際に取引するための基本契約書(サービスアグリーメント)を締結する

 基本契約書では取引に関して、用語の定義、契約期間、個別契約の形態、支払い方法、問題発生時の対応、知的所有権や権利の所在、特許侵害、機密保持、保証といった項目を定める。取引が一時的なプロジェクトか、継続的なプロジェクトかによって異なるが、継続的な場合は基本契約書のほかに個別契約書を締結する。

 日本の契約書は成功することを前提にしており「問題発生時は両者協議しその解決に当たる」など表現があいまいだ。「問題とは何か」「両者協議とは何のことか」「決裂した場合はどうなるか」「問題解決に当たるとはどういう意味か」などは明確に説明しないと分からない。異文化の世界に対応するには、基本的な定義から確認する必要がある。

(3)基本契約に基づき、プロジェクトごとに個別契約書を締結する

 個別契約書ではテーマごとに、具体的な仕様・成果物・納期・支払いなどを定める。さらにオンサイト時の保険や費用負担、就業規則などを記述したガイドラインも決める。契約交渉の際、日本式の“はっきり言わない”やり方はよくない。要望をはっきり出してこそ相手の意見や本音が出てくる。「こちらの予算は XXX万円。この金額でやれるなら受けて下さい。駄目なら対応していただかなくて結構です」といった交渉術が必要だ。

(4)開発委託を実行し成果物を確認した段階で、所定の金額を支払う

 支払い契約には、固定価格で一括契約する定額請負契約(Fixed Price)と、作業に要した実費を支払う単価契約(Time & Material)がある。定額請負にインセンティブを付けて、やる気を出させる方法も効果的だ。

 日本企業の場合は何でも定額請負で契約しようとするが、欧米企業は定額請負と単価をうまく組み合わせている。具体的には、仕様が明確でない状態では委託先のリスクが少ない単価契約で作業を進め、作業内容・仕様が明確になった段階で委託元メリットが大きくなる定額請負に切り替える。

英語の契約書は「分かったつもり」の排除にもなる

 契約書や議事録の作成は、日本語でもよいが英語で作成すれば、どの国にも適用できる。日本語だと海外側の多くの人が読めない。日本側は確認したつもりになっていても、相手は分かっていないことが多い。海外事情や委託先は変化する。英語での対応は手間や時間が掛かるが、いつでもどこにでもアウトソーシングできるように備えることが重要だ。

 契約書の位置付けは、問題発生時に裁判に持ち込むためのツールなのか、それとも問題が発生しないよう契約をうまく使って仕事を進めるのか、により異なる。契約書はいくら注意して作成しても必ず弱点がある。取引先と信頼関係を構築し自社のリスクを最小化できるよう、契約書を効果的に活用したい。

岡崎 邦明氏 米グローバルブリッジインク社長
日本のハイテクメーカーで海外事業展開と、インドや中国などでのオフショア開発を指揮。2002年に独立し、グローバル展開に向けた海外オフショア開発に挑む日本企業を支援している。