第1回から珍妙なタイトルで申し訳ないが,かつて銀行の情報システム部門に在籍し,多くの年月を“トラブルシューター”として過ごした筆者は,このように感じることがたびたびあった。

 トラブルシューターと言っても,極めて理論的かつ科学的な存在であるSE(システム・エンジニア)の一員だ。そのSEに“超能力者”などという非科学的な形容を使うのはいかにも不謹慎なのだろう。しかし,実際そう思わざるを得ないような体験を何度もしているのだから仕方がない。

 当時,筆者は国際業務を支援する基幹系システムの保守を担当していた。このシステムは構造が古かったせいか,とにかくトラブルを起こすことが多く,筆者は障害対応に忙殺される毎日を送っていた。

 その経験から,「システムの障害対応で最も重要なことは何か」と聞かれれば,筆者は迷うことなく「直感」と答える。障害発生の連絡を受けたとき,閃光のように脳裏をよぎる直感。勝負はたいてい,最初のこの一瞬で決まる。時間にしてわずか数秒。ここで何らかの閃きがあれば,障害は短時間で片が付く。理論的な根拠はなくても,「多分,原因はあのへんだろう」と見当をつけて調査すると,見事に「ビンゴ!」となる。

 逆に閃きがないと,障害対応はたいてい泥沼化する。正攻法で関連しそうなプログラムを芋づる式に追うことになるのだが,これでは迅速な解決は望めない。障害というものは人間の病気と同じで,血を流している部分とはまったく異なるところに原因がある場合が多いからだ。

 筆者はこの直感に数え切れないほど救われた。しかも窮地に立つほど直感は冴える。情報システムの世界では本来,勘に頼った仕事は御法度だが,障害対応だけは例外だ。長年の経験で培った直感なくしては,トラブルシューターは務まらない,と筆者は確信している。

 直感とは別の“超能力”に助けられたこともある。筆者の担当は海外拠点で稼働するシステムだったので,障害が発生すると世界各地から電話がかかってくる。時差のせいで,日本にいる筆者には朝も昼も夜もない。真夜中に叩き起こされ,休日に呼び出されることも茶飯事だった。そんなある日,筆者はある不思議な能力に気がついたのである。

 その晩は,長い間悩まされたトラブルがようやく解決し,自宅で久しぶりにまともな睡眠をとっていた。真冬の午前3時。暖かい布団にくるまって眠りをむさぼりながら,真っ青な空の下,大好きな女優Kとデートするという極上の夢を見ていた。しかし,晴天にわかにかき曇り,地平線の彼方から地鳴りとともに,正体不明の“うねり”が向かってくるではないか。いつのまにか女優Kの姿はない。荒涼とした大地に1人取り残された筆者を目がけて,うねりはドドドと猛烈な勢いで迫ってくる。

 地鳴りの轟音が頂点に達したところで筆者は目覚め,ベッドから跳ね起きた。もうこの時点で,うねりの正体に気づいていた。間髪入れずに枕元の電話が鳴り,その直後には受話器を手にしていた。相手はロンドン支店で,案の定システム障害の連絡だった。筆者は心の準備ができていたせいか,深夜にもかかわらずあわてずに対応を指示できた。

 眠っていても,電話が鳴る直前に「あ,鳴るな」と感じて目覚めてしまう。殺気というか何というか,電話線を伝って得体の知れない何かがこちらを目がけてやって来るのが分かる。恐らく年中張りつめた精神状態に身をおいていると,眠っていても脳が臨戦態勢を解くことができず,こんな勘が働くのだろう。

 トラブルシューターを続けていると,超能力とは言わないまでも,第六感が冴えてくることは間違いない。ちなみに,現場を離れた今の筆者は,目覚まし時計が何度鳴っても眉一つ動かない凡人である。

岩脇 一喜(いわわき かずき)
1961年生まれ。大阪外国語大学英語科卒業後,富士銀行に入行。99年まで在職。在職中は国際金融業務を支援するシステムの開発・保守に従事。現在はフリーの翻訳家・ライター。2004年4月に「SEの処世術」(洋泉社)を上梓。そのほかの著書に「勝ち組SE・負け組SE」(同),「SEは今夜も眠れない」(同)。近著は「それでも素晴らしいSEの世界」(日経BP社)