5月24日~27日,NHK放送技術研究所は毎年恒例の「技研公開」を開催しました。放送サービスと放送技術の発展を目指してNHKが取り組んできた,さまざまな研究成果を一般にお披露目する展示会です。一般に公開されているので,家族連れで楽しんで来た方もいらっしゃるのではないでしょうか。

 私は一般公開に先駆けて開催された報道関係者向けのプレビューに参加させてもらい,今年の技研公開の一端をかいまみてきました。そこで最も強く印象に残ったのは,「スーパーハイビジョン」。お恥ずかしながら,スーパーハイビジョンの映像を目の当たりにしたのは初めての経験で,その圧倒的な迫力に打ち負かされてきたのです。

ハイビジョンの16倍,3300万画素の精緻な映像に感動

 スーパーハイビジョンは,横7680ドット×縦4320の画素数をもつ超高精細映像と,22.2チャンネルのマルチ音響を組み合わせたシステムです。この画素数は縦横ともに現行のハイビジョンの4倍。フルスペックハイビジョンと名付けて販売されているテレビが約200万画素なのに対して,スーパーハイビジョンは16倍の約3300万画素で映像を構成します。静止画のデジタルカメラでも,高解像度モデルで1000万画素(10Mピクセル)程度ですから,その情報量がいかに多いかが分かるでしょう。

 技研公開では,特設のスーパーハイビジョン・シアターを作り,450インチに相当する10m×5.5mのスクリーンに映像を映し出しました(写真1)。そこで体験できたのは5分ほどのコンテンツでした。内容は,CGによる地球への隕石の衝突シミュレーション,ディープインパクトが出走した有馬記念のレース,そして空中撮影による東京や富士山の映像です。

写真1●NHK技研公開のスーパーハイビジョン・シアター
写真1●NHK技研公開のスーパーハイビジョン・シアター
目の当たりにすると,その臨場感に驚きを感じる。デジタルカメラの画素数の方が少ないので,写真ではリアルさをお伝えできないのが残念。
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 小振りな映画館ほどのスクリーンに映し出されたスーパーハイビジョンの映像は,映画とは一線を画すものと感じました。かっちりとしていて,粒立ちが際だった映像です。有馬記念の映像では,競馬場を“引き”でとったシーンで,観客席の一人ひとりが判別できるのではないかと思うほどの精細感がありました。空中撮影映像は私にとって圧巻で,まさに自分が東京の空を飛んでいるかのよう。背筋が感動でぞくぞくするほどでした。

 これだけの解像度をきっちり表示し,目の前いっぱいに映像として展開されたことで,“臨場感”とはこういう性質のものなのだと初めて理解したように思えました。3Dメガネをかけて映像が飛び出してくるアトラクションとは異なり,普通に見ているだけで映像の奥行きを自然に感じ取ることができます。音響の助けもあるからでしょうが,これこそが臨場感。こんなにすごい映像を見ることができて,とても幸せに感じた5分間でした。

放送実用化のための研究成果も披露

 映像を見てクオリティ面で感動したことは過去に数回の経験があります。初めて家にカラーテレビが来た日に見た極彩色のウルトラセブンは,未だに印象に強く残っています。その後,初めてアナログのハイビジョン映像を見たときにも,「こんなすごい映像が将来は放送で見られるのだ」と心を熱くしました。そのときから幾星霜,数年前には自宅にハイビジョン対応の液晶テレビを購入し,自宅で本当にハイビジョンを試聴できることに内心でうれし涙を流したことは記憶に新しいところです。

 ところが,人間は慣れる動物。ハイビジョンの放送を我が家の28インチの液晶テレビで見るのは,もうほとんどの場合に何も感じなくなってしまいました。家電量販店などに並ぶ50インチ,60インチにもなる薄型テレビの映像を見ると,「ハイビジョンでもこのサイズの画面になるとノイズや解像感の不足を感じるな」なんて,不遜なことを思うようにまでなっていました。十分にきれいな映像とはいえ,大画面だとあら探しができるのです。

 スーパーハイビジョン体験は5分だけでしたから,すべてを感じ尽くしているとは言えませんが,ハイビジョンに慣れた眼で見ても,とにかく映像に圧倒されました。これはすごい!と。

 技研公開では,スーパーハイビジョン映像の撮影に向け世界で初めて試作したという3300万画素の撮像素子や(写真2),24Gビット/秒にも上るスーパーハイビジョン信号を約200分の1に当たる128Mビット/秒にリアルタイムで圧縮できる符号化装置(写真3),スーパーハイビジョン用の衛星放送システムなどが展示されていました。こうした研究開発の積み重ねにより,技術的にはスーパーハイビジョンの映像を自宅で見ることも遠くない将来に可能になるのでしょう。

■変更履歴
圧縮符号化装置による圧縮後のデータ量を「128kビット/秒」としていましたが,「128Mビット/秒」の誤りでした。お詫びして訂正します。本文は修正済みです。 [2007/06/04 10:20]

写真2●試作した3300万画素の撮像素子   写真3●スーパーハイビジョンの圧縮符号化装置
写真2●試作した3300万画素の撮像素子
右端が撮像素子。左隣の駆動装置で実際に映像を撮り,左端のディスプレイに表示している。まだモノクロでの撮影しかできない。
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  写真3●スーパーハイビジョンの圧縮符号化装置
MPEG-4 AVC/H.264方式により,最大200分の1程度までのデータ圧縮し,リアルタイムで符号化/復号する。右が復号装置。
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 地上デジタル放送が全国で始まり,ようやく“普通の”ハイビジョンが世の中に定着してきました。地上アナログ放送の停波まであと4年とちょっと。その後は,ハイビジョンの放送を受信することが当たり前の世界になります。今回の技研公開では,その先の世界を体験させてくれました。アナログハイビジョンの時のように紆余曲折はあるかもしれませんし,現行の多くの放送コンテンツがスーパーハイビジョンのクオリティを必要としないことも事実でしょう。NHKではスーパーハイビジョンの実用化について2025年を目標にしていると聞きます。まだだいぶ先の話です。でも,いつか必ずこのすばらしい映像を自宅で見たいと感じました。私,スーパーハイビジョンに一目惚れです。